2017年12月14日木曜日

2017.12.14 年内の仕事がほとんど終わったのでほっとしています。

12/1
GRAPEVINEライブwithのど@東京国際フォーラム。2階席だったがTシャツを買って着る。ツアーブックも購入。しかし舞台から遠い……そして2階はほとんど立っている人がおらず、座って聴いた。20周年といえども、あくまでニューアルバムのツアーというのがよい。前半は聴く人を試すような盛り上がらせない流れ(いい意味で)で、中盤以降盛り上がり「Arma」で終わり、ビールを飲んでからのアンコールで「遠くの君へ」「光について」が出たのはもう泣いた。「光について」で立った。終わったあと新橋の飲み屋に行ったら刺身がダメすぎて萎えた。

12/2
病院で血液検査など。ディナーショー準備。

12/3
冬銀河DINNERSHOW2017。8月にトオイさんとやろうと言い出してから、雑務的な部分(会場とのやりとり、出演交渉・連絡、告知、予約受付、当日受付準備など)はほぼひとりでやったため、満席になったというだけですでに胸いっぱい。阿部青鞋の娘さん夫婦がいらしてくださったのも嬉しかった。
黒岩徳将さんの「俳句であそぼ」に始まり、細馬宏通さんはつぶやくような阿部青鞋朗読、歌の途中で指がつって笑った。トオイダイスケさんのピアノと歌「双子座」は最高。
上田信治さんはできたての句集『リボン』からの朗読、そして福田若之の「パサージュの鯨」、小田朋美さんとの「X山」。こんないい朗読と音楽、音のうねりの拮抗ははじめてだった。ダイブしたような心地。「たとえ・ばさ」というわたしが書いた歌詞に、小田さんひとりバージョンと、トオイさんのベースとのバージョン、2曲つけてもらい、感無量。アフタートークは短い時間ながら村井康司さんの司会で有意義な話に。撤収も時間内に終わり、関係者打ち上げの場所も予約でき、ほっと一息。疲れたので23時ごろ新宿三丁目からタクシーで帰宅した。

12/4
夕方から仕事の打ち合わせ、テキストをつくって添削講座をしてほしいと言われたのでお断りする。LINE添削かskype講座ならやりますとこたえておいた。内容だけでなく教える形式をも更新しないとあまり意味がないと思ったので。
そのあと神保町で谷川由里子さんと睦月都さんと飲む。「SHE LOVES THE ROUTER」と「tanqua franca」を購入。谷川さんが次の用事に行って、睦月さんとふたりで2軒目にも行った。

12/5
ぼたんの会。この日は2人来ていた。自分で出した題ながら「梟」は難しかった。帰宅して、腹は痛かったがベッドで月評を書き、翌日の準備。

12/6
家政学院高校の高1の現代文のクラスで2時間つかって句作→句会の授業。毎度思うが、高校生というのはなんてかわいいのか。中学生と違って、できたての大人みたいなところがいい。終わったあと外山さんと少ししゃべって帰宅。

12/7
年内最後の小部屋句会。12名満席でにぎやかに。こういう出入り自由な句会の場を持っておくのはいいことだなと思った。二次会の魚や一丁のメニューが大幅に変わっていてけっこうよかった。

12/8
五味太郎さんと福田若之さんとのトーク@紀伊國屋書店新宿本店。五味さんはかっこよく、ふつうにしゃべってるときは優しいのに、舞台上になると言い負かそうとしてくるのが無邪気だったが、見ている人には気の毒だった。それも含め、人生の思い出としてはよかったが、もっと仲良くなってからやりたかったとも思った。ユリちゃんにもらったオレンジのマスカラをしていったのはよかったと思う。話の流れでとんかつを食べ、反論したのはえらいと言われた。本はほとんど売れず。

12/9
名古屋高校・聖マリア女学院高校の合同句会にSkypeで参加。男子高生・女子高生が男子校の俳句、女子校の俳句どちらもを書いてみるという企画。私は共学だったので、どちらの実態も知らないわけだが、もうちょっと細かいところが見たいという気もした。そのあと夫と川沿いを散歩して椅子と棚を買い、かつて住んでいた中野新橋で日本酒を飲んで帰った。

12/10
午前中から世界堂へ行って色紙と筆を買い、午後は家で書道をした。次の週末が伝統俳句協会の句会で、その選者として行くことになっており、特選句に直筆色紙をあげるというので書いたのだった。ツイッターで質問箱というのをやりはじめたら、思いのほか俳句のお悩みがきた。

12/11
東京新聞で来年の打ち合わせ。担当さんが変わるのでご挨拶。同じ大学出身、学部も一緒で一個下だということがわかり親近感。専修は違ったが、能の授業をとっていたので、もしかすると同じ教室にいたかもしれない。夫の職場に寄ってちょっと会ってから帰宅。

12/12
俳句文学館で調べ物。とはいえ、肝心の一番見たい資料はなかったので森川曉水の句集を読んでいた。久しぶりに広渡敬雄さんに会ったので、20分くらいしゃべった。広渡さんは走るのがむちゃくちゃ速いらしいので一度マラソンを見に行きたい。

12/13
吉祥寺へ。産直野菜を買い、パンを買い、シュトーレンを買い、花を買い、友達の家に持っていくお菓子を買った。
穂村弘書評集『これから泳ぎにいきませんか』読書日記『きっとあの人は眠っているんだよ』(河出書房新社)を買ったら、書評集の方に『海藻標本』が載っていて驚いた。2008年に書いてもらったものらしく、その当時は穂村さんなんて雲の上の人だったので(その後太田ユリに紹介してもらって会うことができたしトークもさせてもらった)、そのとき書評に気づいていればよかった。

12/14
仕事のプレッシャーがなくなって気分がよくなった。晴れた日も多く、朝起きられるのもよい。今日はこのあと整体と写真美術館に行く予定。

2017年11月30日木曜日

2017.11.30 皿がなくてもカレーはまわる電子レンジ@文フリ、そして野毛のばばあの店

11/21
護国寺のぼたんの会。またマンツーマンだった。曾孫俳句が3句あった。曾孫俳句は、吾子俳句や孫俳句と違って、関係性がべたつかないのがよい。里芋などをいただく。その足で中嶋憲武さんらの展示へ。中嶋さんの作品に山岸さんっぽい女性のヌードがあって興奮した。腹が減ったので原宿のスタバでおやつにキッシュを食べて帰宅したら胃が痛くなった。夜、阪西母娘と近所で夕飯。あっちゃんのご両親は関西にお住まいで、先日の正岡豊さんとのトークショーにいらしてくださったので、お母さんと顔を合わせるのは2度目。お母さんは似顔絵作家で、結婚パーティーのときに夫と私の絵を描いてくださった。はじめて行った地中海料理屋うまし。胃は痛かったがどうにか少し食べた。

11/22
あっちゃんのお母さんの似顔絵の展示を見に八重洲地下街へ。他の人が全員有名人の似顔絵を描くなか、あっちゃん母だけコンセプトがストライプで、有名人にくわえて「しまうま」の似顔絵を展示していた。似顔絵というのは、俳句より川柳に似ている気がした。その後、石原ユキオ主催の「ぺったん詩ぺったん会」へ。これは、ユキオちゃんが岡山でやったイベントの出張版。荻原裕幸さん、中山奈々さんらの短歌や俳句を単語に分解して、それぞれをスタンプにしたものを、自由に捺して自分の詩や短歌、俳句をつくる遊び。上質な短歌になったり、絵を描き入れる人がいたり、性格が出る。小さい貸会議室でお菓子を食べながらにぎやかに行う。こどももふたり来て楽しかった。そのあと雑誌の対談。山田航さんとはどこかで対談したいと思っていたのでありがたかった。白いスタジオでおしゃれショットも撮影。夜はひとりでなっちゃんのワインバーに行ったら、昨日の地中海料理の店の店主もよく来るとのこと。

11/23
祝日。文学フリマの日。雨。気圧の影響で起床がつらい。夜中の2時に帰ってきた夫も朝一緒に起きて、私が化粧をしているあいだにビラをコピーしてきてくれた。会場につくとブースはわりといい場所にあり安心。と思ったら、せっかくデザイナーのみけんさんがつくってくれた翻車魚ポスターを持参し忘れたことに気づく(ユリちゃんが刷ったgucaのポスターも)。ユリちゃんに表紙をカラー拡大コピーしてもらうことにし、はじめはブースに一人。ユリちゃんが帰ってきて、「guca」(800円)と「翻車魚」(500円)セットで1200円(100円引き)のはずなのに1300円で売っていたことを指摘される。その上、ハガキセットを入れる袋も買い忘れていた。ダメさが炸裂。しかしユリちゃんは怒ったりせず、私も泣いたりせず真面目に販売した。昼頃「翻車魚」の関悦史さん到着。ユリちゃんが昼を食べに行っているあいだふたりで店番するが、関さんが「gucaの太田ユリです」と名乗る機会はなかった。その後関さんとランチ。会場端に出店していたカレー屋「ターリー屋」でカレー弁当を買う。あたための列に並んでいたら、列の何人か前の人がカレーを出すときにレンジの皿が一緒についてきたのか、皿を落として粉々に割ってしまった。前に並んでいた知らない女性と「皿、なくていけるんでしょうか」「あ……カレーまわってますね」「案外いける」「でも電子レンジの皿だけって売ってるんでしょうか」「このカレー弁当をあたためるためだけにこの電子レンジがつかわれるのであれば皿がなくても大丈夫かも」などと話した。無事カレーはあたためられて関さんとご飯を食べ、関さんはほかのブースをまわったが、私はそのまま店番に戻り、ついに最後まで他のブースをまわることなく店番し続けた。当初は、私は長く座っているのがいやだから歩き回ると予想されていたが、やはり文学フリマ特有の雰囲気が苦手なことに変わりはなく、自分のブースにいるのが一番ラクという結果に。われわれのブースで買い物をしてくださったのにこちらが買いに行かなかったのは不義理というか恐縮。絶対に買いたかったのに買えなかった2誌については後日販売してもらえるように連絡をとった。昨日のぺったん詩で会ったこどもたちも来てくれた。4歳の彼女に「さとうさ〜〜〜ん!!!」と抱きしめられたのは、抱き心地がよさそうな服を着ていたからだと思う。関さんと「翻車魚」に特大スタンプを捺し、「できたての生マンボウです」などと売っていると、夕方高山れおなさんが来場。前日にたまたま高山さんが「筑紫磐井さんの携帯番号知ってる?」と電話をかけてきて(知るかいな!)、「みんな元気〜?」と懐かしそうなことを言うので、明日文フリだからよかったらいらしてくださいと言っておいたら本当に来てくれたのだった。若くん、関さんらに会って嬉しそう。せっかくだから一緒に夕飯も食べることにしたら、撤収で机を運ぶのも手伝ってくれた。新橋の微妙な店に入り酸化防止剤味のワインを飲みながらお金の計算をした。結果、「guca」が100冊、「翻車魚」が約50冊売れ、ほかのものもまんべんなく売れたので、とてもいいかんじでした。しかし3人はワインで悪酔いした(高山さんはそのあと職場に戻り2時間仕事をしたらしい。肉体の出来が違う)。帰宅して聞くと、夫は二度寝もせずバスで吉祥寺に行ってジュンク堂に行って帰ってきたそうだ。

11/24
家事と文フリの後始末以外何をしたか思い出せないが、原稿〆切を延ばしてほしいと連絡したらこれ以上は延ばせないと連絡が来た。人生で初めて里芋を茹でたのはこの日だっただろうか? 

11/25
まのあたり句会inみなとみらい。夫は新宿三丁目まで一緒に来てくれた。高橋睦郎さん、星野高士さん、北大路翼さん、私。担当は阪西さん。前半は講師陣の句会で大爆笑の嵐。私の出した「浅はかな句」というお題がよかったと思う。後半はみなさんの作品に講師が句会形式でコメント。今回は参加者の人数があまり多くなかったのでじっくりできた。高橋睦郎さんとはじめてしっかりしゃべれてよかった。次回は3月17日、池田澄子さん、藤井あかりさん、神野紗希さんと。終わったあと翼さんあっちゃんらと野毛の通称「ばばあの店」へ。翼さんが場所を見つけられず、「半開きの店でさ、ばばあが便所で倒れてんだよ」と言うが、結局友人のいのうえさんが来ないと場所がわからなかった。しかしこのばばあが最高で、まず翼さんのことをエグザイルを引退した男だと本気で思っているし、お姉さんと呼んでも反応しないばかりか「お名前は」と聞いても「ばばあはばばあだ」と青森訛り。2000円でおつまみつき飲み放題だし、ばばあは非常にやさしくて南部煎餅もうまかったしまた行きたい。帰宅してみたら夫は新宿で紀伊國屋書店に行き、そこから歩いて帰宅したらしい。1時間半はかからなかったようだが、夜急に寒気がすると言っていた。

11/26
夫、発熱。疲れているのに新宿から家まで歩いたりするからだろう。寝かせておく。私も疲れで調子がよくなく、「早稲田文学」女性号のトークイベントをキャンセル。夕方まで家で過ごす。午後、夫も私もマシになってきたので、私は夫を置いて阿佐ヶ谷にライブへ。トオイダイスケさんがベースで参加しており、最後に「天の川銀河発電所」の歌をみなさんで演奏してくださった。ハーモニカの寺澤さんがめちゃくちゃうまくて感動した。できれば3月のコンサートにも足を運びたい。シャンソンにも興味を持った。ハーモニカやシャンソンは習うことはできるだろうか。

11/27
美容室。大学時代から切ってくれている美容師のヒガさん、かつては「さらさらにのばしとくね〜」(縮毛矯正)だったのが「しっかり染めとくよ〜」(白髪染め)になっているのが感慨深い。荻窪titleへ。「guca」を納品し、中山信一さんの展示を見て、アップルパイを食べコーヒーを飲んでいく。店主の辻山さんはかっこよくて安心するので本屋さんに向いていると思う。その後、トオイダイスケさんと小田朋美さんの冬銀河 DINNER SHOW 2017用のリハを見に新宿のスタジオへ。小田さんが私の歌詞に曲をつけてくれて感動。3人で西新宿で鶏の店に行って帰る。小田さんと話していて、音楽ではその人の声で歌い直すだけで一回性が生まれるので新しくなるが、俳句はそれがないから新しくするのが難しい、書き方(方法)で声色を出すしかない、のではないか、ということを思った。

11/28
皮膚科へ。先日環状紅斑だと言われステロイドで治った部分や身体中ががさがさなのでなにか処方してもらおうと思って行ったら、もしかするとシェーグレン症候群(膠原病の一種)ではないかといわれ、そういわれるとあてはまることもいろいろあるので(胃炎、手の痺れなど)、もしそうだとわかったからといって特効薬があるわけでもないが、一応総合病院で調べてもらうべく紹介状を書いてもらった。夕方、紀伊國屋書店に「 guca」と12/1発売予定の上田信治句集『リボン』のPOPを持って行き(「guca」ポップは元メンバーの石原ユキオが描いてくれたもの、『リボン』ポップは私が牙城さんに言われて書いたもの)、夜はNHKカルチャー。「皿」と「クリスマス」というお題で、「皿皿皿皿皿血皿皿皿皿(関悦史)」「柔かき海の半球クリスマス(三橋敏雄)」などを紹介した。終わって飲みに行った店のカウンターに小さいゴキブリが出た。もうあの店には行きたくない。

11/29
1週間前に生協に加入し、はじめて品物が届いた。自分で頼んだものながら、プレゼントをもらったような気分でちょっと嬉しい。しかしお金もうちから出ていることを忘れないようにせねばならない。夕方、師匠の家に歩いて行って「guca」「翻車魚」を謹呈。百合をいただいて帰る(太田「ユリ」表紙の「guca」を渡し「ユリ」をもらって帰る)。世間話をして、生協のきりたんぽが美味しいと教えてもらった。もらった百合はすごいでかさでリビング中がユリの香りになった。夜は惣一郎と地中海料理に行こうとしたら休みで、その近くのイタリアンに行った。外山一機の「川名大を忘れる、ためのガイダンス」について教えてもらった。今遊女史を勉強しているらしい。

11/30
こんなにたくさん日記を書いているのは、やらなければならない仕事をやる気が出ないからです。やらなければならない仕事というのは、山口で講演したものをまとめるというものなのだが、もう1ヶ月経ったので忘れてしまったし、いや録音はしてあるんだが自分の声を聞くのが億劫だし、そもそもまとまりが悪かったし、というか終わってすぐこういう仕事はしておかねばならない、11月末までと言われているから今日までだ、とりあえず別件のゲラはひとつ返したけれども、天気もよくないし寒いしいやなこった。昼飯なににしようかな。

2017年11月20日月曜日

2017.11.20 多くの人間が泡盛は危険だという認識をつよくした

11/12
日曜。だいたい日曜日はいつも午前中に夫と一緒にクリーニングを出しに行き(午前が安いので)、そのまま買い物に行って帰ってくる。そうすると30分くらいの散歩になる。図書館に寄って本を借りた。午後は原稿を書いた。

11/13
医者の日。引っ越して本当によかったという話をする。吉祥寺でひとりランチをし、皿をだいぶ買った。かねがねおしゃれな皿がほしいと思っていたが、私ほどのセンスの(ない)人間には絵柄の入ったものは難しいだろうと観念して、以前から目をつけていた美濃焼のアウトレットで購入。

11/14
トオイダイスケさんと、冬銀河DINNER SHOW用の衣装を買う@新宿高島屋。かんたんなオーダースーツ。似合いそう。そのあとカフェで打ち合わせをし、少し飲んで帰宅。「天の川銀河発電所」の歌の、どの部分をだれに歌ってもらうかなどを決めた。火曜といえど鼎は満席。ふたりで連句をやって(巻いて?)それを12/3に配布しようという話になる。

11/15
「里」の次の特集の原稿を書いた。夜は鰺句会。はじめての人が4人来てくれた。みなどこかで俳句をやっているようだ。句会のやり方を説明するのは時間がもったいないので、そういう人に来てもらうのが嬉しい。盛り上がりは少ないが、全句講評が売り。

11/16
「guca」リニューアル創刊号が届く。なかなかの出来栄え。といっても私はデザインにはほとんど関与していない。デザインをしてくれたのは、鰺句会・小部屋句会の原麻理子さんと高久麻里さん。ふつうの人がまぁまぁがんばったデザイン、みたいなのとは違うものがつくりたかったので、ちゃんとお願いして本当によかった。
パスポートの更新のために戸籍謄本をもらおうと思ったら、本籍が杉並区にないため杉並区役所でもらうことができずすごすごと帰った。

11/17
整体に行く。肩こりがひどすぎるので肩甲骨をはがしてもらう(という表現がぴったりくる)。鍼もやった。その効果かわからないが急激に肉が食べたくなり、七つ森でハンバーグ&ライスを食べた。夜はユリちゃんと息子が来て、gucaの文フリ用の発送作業など。さっさと食べられるものということでセブンイレブンで買って食べたのだが(私はいつものえびドリア)、ユリちゃんがカツ丼を食べていてすごいなと思った(私はもう何年もカツ丼なんて食べていない)。

11/18
土曜日。夫は休日出勤。私は朝から買い物、帰りに近所の菓子工房に行き、ほくほくした気持ちで帰宅。夜は安藤夫妻(数少ない俳句外の友人。もともとは私の友人だが、ふたりは夫と同世代)が、フランスで買ってきたワインと、ふるさと納税でゲットした鴨鍋用の鴨、チーズなどを持って来てくれた。私はボジョレーと酔鯨を用意し、胡瓜とささみをしんなりさせたもの、蕪・マッシュルーム・ひき肉の炒め煮をつくって、鍋の野菜を用意して待っていた。夫も帰宅し4人で4時間ほど飲む。トイレに貼ってある杉並区の地図に、家の場所を書き込んで帰ってくれた。

11/19
日曜日。午前はいつものようにクリーニング&買い物。午後は「クロイワイ」。黒岩が転職して11月から東京在住になったので、そのお祝いの吟行句会を企画した。まずはうちに来てもらって、そこから歩いて句会場へ。席題「文」「!」の詠み込み2句を含めた7句出しで句会をし、会場がカラオケボックスだったので、最後に黒岩に2曲歌ってもらった(B'z「calling」「ギリギリchop」)。2次会は沖縄料理で、黒岩の聞きたいことにひとりずつが答え、その回答のよさに黒岩がポイントを与えるという会になった。「最近びっくりしたこと」「印象深かった句会」など5題くらいやって、のどちゃんが優勝で飲み代タダ。私は言わんでもいいことをたくさん言ってしまったなぁ。3次会に行きたかったが、私は翌日が胃カメラなので断念。ちなみに参加者は黒岩、のどちゃん、若くん、翔、私、ムラコ(句会から参加)、惣一郎(飲み会から参加)。帰宅したら、夫がひとりでご飯を食べてくれたばかりか、洗い物をしてくれてあり、洗濯物もとりこんでたたんでくれてあり、風呂にもちゃんと入ってあったので、素晴らしいと感じた。

11/20
寒い。しかし何も口にすることができないまま歩いて胃腸科へ行き、エコー検査と胃カメラ。エコーによると、内臓はきれい、内臓脂肪も少ないとのこと(よかった)。胃カメラは鎮静剤と麻酔を併用で初体験。結果は少し十二指腸に炎症、胃も炎症を起こしていて、ひどいのが食道だった(十二指腸炎・胃炎・食道炎、ということ)。これは薬を飲み続けて再検査が必要らしい。鎮静剤がよく効いたため、1時間ほど意識を失ってから帰宅した。午後は家で仕事など。昨日の事後報告を聞くに、多くの人間が泡盛は危険だという認識をつよくしたようだ。


2017年11月11日土曜日

2017.11.11 胃痛の日々

11/1
バケットの店でランチを食べたんだったかな。いちにち家の近所で過ごし、たぶん仕事を少しした。腹を下し、胃が痛くなる。牡蠣にあたったのではないか疑惑浮上。

11/2
朝から胃痛。夜は小部屋句会。句会はこなしたものの二次会であぶらっこいものを食べてしまい胃痛で帰宅。

11/3
文化の日。愛知県の足助で開催された「ハイクスール」に黒岩と行く予定が、夜中の胃痛によって急遽キャンセル。というか行きの新幹線の切符は無駄になった。昼、だいぶマシになったので帰りの切符を駅で払い戻す。牡蠣にあたったのではなかったようだ。

11/4、5
土日。やはり胃が痛いので安静。何をしたかあまり覚えていない。

11/6
午前中胃腸科に行って漢方薬をもらい、20日に胃カメラをやることにする。昼から東京駅で柿本多映さん、関悦史さんと。いろいろとお話を聞かせてもらう。関さんが居酒屋でひとりで串カツを頼んで食べていた。少し酒を飲んだがやはりダメだった。

11/7
胃痛続く。夜、ある人にインタビューをして、そのあとご飯に行くも、胃が痛いので豆腐料理の店へ。その人は私の横で馬刺を食べていた。

11/8
藤井あかりさんと新宿でランチ打ち合わせ。NEWoManのおしゃれカフェに初めて入った。内容は秘密。胃はだいぶマシになったが気圧がよくない。コンタクトを買うのは諦めて、渋谷で田中みさき展(最終日)を見て帰る。「guca」入稿日だがチェックをすべてユリちゃんに任せて寝る。

11/9
若くんと吉祥寺でランチ打ち合わせ&買い物。井の頭公園でサンドイッチを食べたり、カラオケボックスで朗読練習(「冬銀河DINNER SHOW 2017」詳細は→こちら)を聞いたり、若くんの衣装を買ったりした。胃は大丈夫になってきた。そのまま17時前からハモニカ横丁で焼き鳥と日本酒。

11/10
午前中は水道の工事の人が来た。大幅に遅れた東京新聞の月評を書く。昼、銀行に行ったりしていったん帰宅。夜はBS句会のゲストで参加。ニュージーランドの店で、ワインもラムも美味しい。ひとつの句会の中で作品のレベルがまちまちだと、どう講評するかが難しい。近所なのであっちゃんと帰宅。

11/11
土曜。昼、夫と新高円寺のカフェでランチ。私は新宿へコンタクトを買いに。眼科でけっこう待たされて疲れる。服も買おうと思って見に行ったが気に入るのがなくさらに疲れる。いつも通るところの貼り紙をツイートしたら俵万智さんに引用リツイートされてちょっと盛り上がる。文章を3つほど書かなければならないがうまくやる気が出ないのでブログを書いた。実はまだ胃は本調子ではない。

2017年11月2日木曜日

「guca」再始動のおしらせをこちらでも

☆短詩系女子マガジン「guca」を文学フリマで販売します!
 F-11(Eホール(1F))

☆12/3(日)にイベントをやります!
「冬銀河DINNER SHOW 2017」と題して、言葉と音楽の夜をみなさまに。



 * * *

2010年〜2012年まで活動していた期間限定短詩系女子ユニットgucaが、太田ユリ・佐藤文香の2人で短詩系ユニットgucaとして再始動します。
サイトは→こちら

以前は石原ユキオと3人でやっていましたが、今回からは2人になります。決して仲がわるくなったわけではありません。
「guca紙(4)」から5年。金髪だった太田ユリは、今では4歳児の母となりました。今後も表紙を飾り続ける予定です。また金髪に戻ってもいいですね。
私はといえば、今回は雑誌で『天の川銀河発電所』の話をしていますが、基本的に裏方で。ディナーショーの企画を担当しました。 小田朋美さん、細馬宏通さん、福田若之さん、トオイダイスケさんらに出演していただきます!俳句を知らなくても楽しめるイベントです。
イベント詳細は→こちら

みなさま、新生gucaをよろしくお願いします。

2017年10月31日火曜日

2017.10.31 枡野さんとトーク、台風、渋谷のラジオ、山口講演、俳句ナイト、台風

10/18つづき
美味しいと聞いたフランスパンの店に行って昼からワインを飲み、近所の公園を散歩した。夫が飲み会なので阿佐ヶ谷でひとりで飲んでいたら夫より帰宅が遅くなってしまって反省した。食についてのこだわりは文章にしたほうがいいと感じる。

10/19
スコーン専門店でランチを食べる。豆乳ベースのかぼちゃスープもうまい。寒くてエアコンを入れる。講演の資料をつくるなど。

10/20
枡野浩一さんとのトーク@荻窪title。杉並区民になったので距離的には遠くないが、うちから最寄駅と荻窪駅からtitleまで、どちらも10分以上歩く。少し雨。枡野さんの歌集Tシャツ「好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君(枡野浩一)」を着てのぞんだ。枡野さんの作品のなかで私が一番好きな歌だ。8年前松山に住んでいたころ、松山でも何かできないかと思って入ったのがSNSの「枡野浩一短歌塾」だった。枡野さんは俳句の人として目をかけてくれた。そこで太田ユリと出会ったのは人生にとってよかった。なにも成し得ていなかったあのころからすれば、枡野さんとトークができる立場になったのが嬉しかった。『天の川銀河発電所』は、やはり作者ごとのとっかかりがわかりづらいと言われた。その点、山田さんの『桜前線開架宣言』の小論はいいと思う。そのかわり、『天の川』には編者の句が載っているのがいいと言ってもらった。関係者で荻窪で飲んで帰宅。

10/21
土曜日。ようやく夫の本棚がきた。でかいの5つ。即座に本の箱を開封し、私の指揮で片付けを始める。箱から本を出す人と、その本を本棚に入れる人のふたりでやると早いし腰をいためにくい。手伝ったかわりに、また講演のスライドをつくってもらうことにする。人には得意不得意があるのでちょうどいい。夫が風呂に入っている間に、パソコンのゲームのエアホッケーで「つよいモード」のクマのしんたろうに初めて勝利し、「さいきょうモード」のパンダが出てきた。名前はじゅぴたん。1-7で負けた。

10/22
日曜日。台風のなか、「渋谷のラジオ」に出演するためバスと電車で渋谷へ。
聞けます→こちら
『天の川銀河発電所』のことなどを話してあっという間だった。
夫は家で私の講演のスライドをつくりながらラジオを聴いてくれていたのだが、「お疲れ様」とは言っても褒めてくれないことに対して泣き、褒めるとはなんなのか、夫と自分の自己肯定感の違いの部分から説いて聞かせる。「絶賛力」という新書が書けそうなほど語った。「今あなたが褒めることに需要があるのだ」など、名言が炸裂した気がするが録音していなかったのが残念だ。

10/23
カーテンが来た。これですべてのカーテンが揃った。山口行きの準備などをする。

10/24
山口へ。飛行機と迷ったが新幹線で行くことにした。新山口駅からバスに乗り湯田温泉へ。大きなホテルにチェックイン。銭湯「亀乃湯」に入り牛乳を飲み、句碑などを訪ねて少し散歩したあと杉山久子さんと夕食。山口は日本酒がたくさんあるのでいい。東京でも飲めるが東洋美人はやはり美味い。貴もいい。ホテルの大浴場にも入り、そのあと部屋で少し飲もうかと思って「山頭火」の生酒の小瓶を買うも、あまり飲まず。

10/25
朝から山口大学の鶴田くんを誘って中原中也記念館へ。詩を見てからお茶をし、湯田温泉駅まで一緒に行って、近くの川辺も散歩。でかいバッタと赤とんぼ、蜥蜴がいた。新山口駅で瓦そばを食べ、今回メインのお仕事へ。山口県の高校の先生の前で講演。前回の愛媛の中学生の先生の講演よりはうまくいったが、今年4つの講演をやってみて、教育関係者向けにしゃべるよりも俳句を知らない人向けにしゃべる方が向いていると感じたので、これから教育系の仕事がきたらできるだけ誰かに譲ろうと思う。終わってビールを飲み、新幹線で昨夜の山頭火の残りを飲んだ。

10/26
一度は入荷未定になっていたオシャレテーブルが届く。リビングもどうにか片付いて、家らしくなった。南阿佐ケ谷から阿佐ヶ谷まで歩き、新宿へ行き、こまごまとした用事その他を済ます。夫が少し飲んで帰るというので、高円寺のなっちゃんの店で飲んで待っていて夫も来て少し飲んで帰宅。

10/27
左右社で次のトークイベントと来年からの仕事の打ち合わせの2つ。夫の母から送られてきた「天の川銀河発電所」のラベルの焼酎を持参する。最近はラベルを自分でつくれるサービスがあり、それをつかってつくってくれたようだ。THREE青山でクレンジングなどを購入し虎ノ門へ。カフェインホリックで少し休憩ののち、日本酒のお店「カナデ」で阪西敦子さんとの俳句ナイト。我々プラスお客さん7名で満席。あっちゃんは着物で来てくれた。みなさんはじめは緊張していたがゲームなどをやったあと、「ひやおろし」を飲みながら「ひやおろし」で一句。ひやおろしは季語ではないが、名句をつくって季語にしようという意気込みでやった。終わってからあっちゃんとタクシーで帰る。あっちゃんが寝てしまったのでがんばって起きていた。家が近いのでよかった。

10/28
土曜日。クリーニングを出して、家の管理会社で用事を済ませ、買い物をして帰宅。またしても台風が来ているという。午後はユリちゃんと息子が遊びに来てくれた。後半、私とユリちゃんが打ち合わせを始めてしまい、うちの夫がユリちゃんの息子と遊んでいた。バス停まで送って少し惣菜を買って帰宅。昨日カナデでもらった日本酒で今期初の鍋。吹きこぼれて朝まで部屋が鱈くさかった。こまごまとした仕事をして寝る。

10/29
日曜日。台風。布団にこもって11句つくる。久々の句作。あとは昼夜のご飯をつくったのと、少し片付けを進めたくらいで何もできず。引っ越してきてはじめて家から一歩も出なかった。

10/30
台風一過、風がつよい。澄子さんのおうちにお邪魔し(スコーンを買っていくつもりが、日月定休だったので、パンを買っていく)ランチ、額と色紙などをいただいて、澄子さんを連れてうちへ。部屋を見てもらう。澄子さんと別れて、さあ打ち合わせで池袋へ行かねばと思ったが、相手の仕事がたいへんなことになりキャンセル。気圧の急上昇で調子がいまひとつだったので昼寝をした。夕方起きて自転車で出てコーヒーを飲み、米屋で米を買って、スーパーで少し買い物をして帰る。夫の部屋から出てきた2011年の白ワインを飲みながら米を炊き、飯をつくって、少し連絡などをして、夫と夕飯。霜降りひらたけと牡蠣のバター炒めが非常にうまくでき、満足する。日本酒を少しと、焼酎は島美人を開けた。家に酒があると思うと出て行かずに済むのはいいこと。NHKカルチャーで何をやるかを考えながら寝た。

10/31
もう10月も終わり。今日はカルチャーの日。朝からレジュメを手書きでつくる。手書きの方が考えていることがそのまま伝わる気がするので、しばらく手書きでいってみようと思う。音響学会の文字起こしがきていたのでそれの校正をした。さて昼飯をどうするか。
10月になったら時間ができると思ったが、関西行き、引っ越し、イベントに山口行きと、バタバタして終わってしまった。

2017年10月18日水曜日

2017.10.18 怒り狂い泣いた

10/4
イオンのスタバで仕事。灘校土曜講座のレジュメをつくるなど。編集さんに柏まで来てもらって打ち合わせ。

10/5
小部屋句会。西日暮里開催もこれで最後となる。今回のお題は「用言のない句」。二次会はいつもどおり宴客。よい店だったなぁ。海老と卵のやらかいのが好きだった。思い出。

10/6
移動日。新幹線で新神戸へ、から三ノ宮。雨。せっかくの三ノ宮なのでひとりで飲みに出た。「西区のいちじく」をつかったサラダがあったので食べた。シェフに「西区のどこですか」と聞いたら「太山寺」とのこと、私がもし神戸で中学に行くとしたら太山寺中学校だったので感慨深かった。しかし三ノ宮から見ると「西区」というだけで田舎を示すわけで、私はふだん神戸市出身と言って譲らないが、神戸の人と会うと「西区です」と恥ずかしげに言わなければならない理由がおわかりいただけるだろう。味はよかったが非常に高くついたので反省した。

10/7
灘校の土曜講座。「君の俳句を僕が書く」という、日記を交換して取材、句作という流れ。去年の講座にも出てくれた子が、去年のも面白かったと言ってくれたので嬉しかった。昼は森本先生とランチ。
新大阪のホテルにチェックインし、夫を待つ。夫とともに梅田の蔦屋書店へ。お洒落すぎてビビった。正岡豊さんとトーク。ラグジュアリーな会場にいい塩梅に人が入り、正岡さんのお話を聞かせてもらうかたちで進めた。2時間あってもよかったくらい。蔦屋の永山さんが、天の川収録作家の句集をできるだけ集めて並べてくれた景色が素晴らしかった。二次会は同じビルの中華。藤田哲史氏が来てくれていたことに涙しそうになったがこらえた。

10/8
日曜日。現代俳句協会関西支部の青年部のはからいで、岡野大嗣さんとトーク。広島などからも若い人がたくさん来てくれて満員。作品の内容というよりは句集・歌集について話した。みんなでおしゃれカフェでランチ、葉ね文庫にも少し寄ってご挨拶。
新大阪で従姉と会い、夫と3人で昼ビール。従姉と私がマシンガントークしているのを聞いて夫が笑っていた。帰りの新幹線ではあまり寝なかった気がする。

10/9
体育の日。だらだら過ごす。

10/10
駅前の市役所の出張所で転出届を出し、毎月のお寺の句会。いつも3人しか来れず、欠席投句の方が多い句会だが、今回は1人だったのでマンツーマンだった。しかし私はこの句会が大好きである。

10/11
ジェイコムの人が来てチューナーを取り外す。テレビ関係のことはよくわからない(自分からつけないので)。月評を書いて出す。期日前投票を済ます。済ませたあとでなんだが、流山おおたかの森に枝野さんの演説を聞きに行き、翔とお茶をし、柏を散歩し、ペンギンで飲んで帰る。柏暮らし、同じ方面に翔がいてくれて助かった。

10/12
新居へ。駅から家までの道に小さなベーグル屋とパン屋があり、パン屋の方で柿のフォカッチャを買って食べる。カーテンの一部と大型の家具(テレビと電話を置くやつ、キッチンボード、ベッド)が届き、ガスの開栓。床をクイックルワイパーで拭いた。ウエットシートの方を買ったら、匂いがすごすぎてもう使いたくない。

10/13
荷造り開始。2人女性が来てくれて3時間半梱包してくれたが、夫の部屋が終わらなかった。絶望的な気分になる。現実逃避のためペンギンに夫と挨拶に行ったら花束をもらって嬉しかった。柏にお越しの際はぜひペンギンパレードでビールを飲んでね。

10/14
土曜、搬出日。雨。13時半ごろまでに積み込みが完了し、退去チェック、大荷物で柏駅から千代田線直通の各駅停車に乗り込んだ。おしっこに行きたくなって綾瀬で途中下車して乗り直した。国会議事堂前で丸ノ内線に乗り換えるのが普通だが、疲れていたこともあり、千代田線で代々木上原駅まで行き、そこからタクシーで新居へ。タクシーを階下で待たせ、そのまま荻窪へ。照明をひとつ買い、頼んでおいた寝具を無印で買って帰る。照明を寝室に取り付け、その照明が入っていた段ボールをベッドに敷き、セブンイレブンの麺類とビール。シャワーを浴びて寝た。

10/15
日曜、搬入日。雨。9時にまず上下の部屋の方に挨拶する(隣の方は出なかった)。搬入が始まり、リビング、台所、寝室などは私の指示でどんどん片付いていった。途中で見に行くと夫の部屋は指示が不十分な上、開封すべきでない箱を開封して大変なことになっていた。私がやるべきだった。なぜそんなことになるかというと、夫はかなりの量本を持っているのに今まで軽いカラーボックスを本棚代わりにしていたので、これを機会に本棚を買うように言ったのだが、いつまでも本棚を選ばず、ようやく選んだと思ったらまたお洒落棚のようなものを買おうとしていたので、それをやめさせて、でかい本棚を5つ買うことにしたが時すでに遅く、搬入に間に合わなかったため、100箱もある本の段ボールがほぼ開封できないという状況になっていて、それは想像できたのだが、2つだけ持ってきたカラーボックスに入れる分のA4の書類をまず開封せよと言ったら入らない分までどんどん開封してしまいわやになっていた。しかも机の置き場も違う。夫の部屋に入らない段ボールがリビングに流れてきてリビングに20箱くらいある。この人はどうして物を片付ける能力がないんだろう、と絶望し、私と本とどっちが大事なの、全部捨てたい、と怒り狂い泣いた。泣いてもしょうがないので気持ちを切り替え、蕎麦屋に行ってうまい鴨や蕎麦を食べ日本酒を飲んでいたら、ご近所(徒歩12分)となった澄子師匠が蕎麦屋に顔を出してくれた。
築17年、賃貸の低層マンションの1室だが、お気に入りにしたいと思い、部屋に名前をつけることに決めた。ツイッターで「#自分ちの名前」でほかの人の家の名前を見て参考にさせてもらい、「日月や走鳥類の淋しさに(三橋敏雄)」の色紙をいただいて持っていることから「走鳥堂」と決定した。芥川龍之介の「澄江堂」に似た響きなのも気に入っている。夫の部屋は絶望的だが住まい自体は気に入っている。

10/16
カーテンがまた少し届く。午後は新宿へ行き、ニトリ、東急ハンズ、unico、ヨドバシカメラ、無印良品をまわって、足りない家具をいくつか調達。新宿は何口に出てもだいたいの地理がわかるので、地図を見ずにまわれるのがよい。神戸から引っ越し、松山から上京し、いつも新宿の近くに住んでいた。今回の家は最寄り駅まで徒歩13分、最寄り駅から新宿まで10分といったところで、今までよりは少し遠いが柏とは雲泥の差である。夜は現実逃避のため、夫に食堂で食べてもらうことにして、自分は高円寺の寿司屋で少しつまんでなっちゃんの店で飲んで帰った。

10/17
クリーニングを出して目黒の整体へ。クリーニングは柏の倍くらい高い。整体では、バウムクーヘン状に悪い物が溜まっていると言われた。ミスドでおやつにポンデ黒糖を食べ、区役所で転入届を出し、警察署で免許証の住所変更をして、枡野さんのいない枡野書店をあららさんに開けてもらい、資料を借り、歌集Tシャツをいただいて帰る。帰り道にお惣菜屋さんがあって、試しに2種類を100gずつ買ったら美味しくてほとんど食べてしまった。新居で初めて料理。キッチンが広くてラク(今までが狭かった)。
夫が帰宅してご飯を食べさせたあと、夫の部屋をどうにかするべく、私が指示を出し夫にタスクをこなさせるかたちで片付けを進めた。「見てみないと捨てるかどうか判断できないもの」の存在がすべての進行を遅らせるのでそれをまた段ボールに戻させる。英語のハウツー本も5冊に絞ってあとは捨てよ、捨てたら1冊買ってよしと命令。新書も文庫もあと100冊くらいずつは捨ててほしい。本来ならば夫の部屋の中心部に置くはずの本棚をいったんリビングに置き、その分の段ボールを急ぎ開封することでだいぶマシになった。腰が痛くなった。気をつけよう。

10/18
引っ越してきて初めての晴れ。7時ごろ起きて可燃ゴミを出し、洗濯もして、メールを返信し、今日もカーテンが届くのを待っている(3度に渡るカーテンの到来、これが最後。出窓のレースカーテンはニトリとはいえオーダー品なのだ)。

追記 いつまで経ってもカーテンが届かないと思ったら、何を勘違いしたか23日着予定だった。出窓にレースカーテンがない日はまだ続く。

2017年10月3日火曜日

2017.10.3 高田牧舎と高田獄舎のこと

9/25
松山へ。道後で生駒くんと会ってお茶。『天の川銀河発電所』のことなどを話す。公募作家がよかったと言われて嬉しい。実家に帰宅して夕飯。

9/26
音響学会で講演「聴く俳句 俳句は音でできている」。『天の川銀河発電所』から音やリズムのいい句を選んで解説した。興味を持って聴いてくださった方が多く嬉しかった。私は研究者ではないのだが、俳句の日本語学的なアプローチはもっとなされていいと思う。終わって一旦帰宅し、大街道へ出て、講演を聴いてくれた岡田さんとまいまいさんと生駒くんとお茶。岡田一実さんの「薔薇ピンクイエローのり子美容室」という句は、見た目も内容も派手だし、濁音・半濁音・撥音・母音・長音・濁音・長音、と、音的にも派手な句である(講演でも紹介した)。そこで食べた季節の果物とラムレーズンのサンドがめちゃめちゃ美味かった。マスカットと栗が入っていた。全日空ホテルでの懇親会のあと、ひとりでバーに行きひとりだったのでマスターたちと話した。地方だと女子のひとり飲みはあまりないとのこと。

9/27
帰京。と言っても、まだ柏。帰柏、か。

9/28
台所用の大きい家具が新居に入るかを確かめるため、新居へ。見積もりはすぐ終わり、新宿で本を買って、東京駅ナカをぶらぶらしたりして帰る。思いのほか疲れた。

9/29
新聞社で少し取材を受けたあと、夫の上司9名に結婚のご挨拶の飲み会。由緒ある築地の料亭で、なくなってしまうのは惜しく思われた。刺身に鯛の塩焼き、金目の煮付け、寿司、からすみ。どなたかが持ち込んでくださった「結」という結城の酒が美味かった。みなさんからフライパンなどをいただく。

9/30
午後、B&Bで澤井悦郎『マンボウのひみつ』刊行トークを聴く。今文学フリマに向けて関悦史さんと『翻車魚(まんばう)』という薄い本(隠語でなく単に薄い)をつくっており、その巻頭に『マンボウのひみつ』著者の澤井さんにご寄稿いただいた。ウシマンボウというのは本当にでかい。マンボウについてはだいぶ詳しくなってきた。
夜は青山ブックセンター本店で『早稲田文学 増刊 女性号』の川上未映子編集長が大いに語るイベント。俳句についてもたくさん語っていただき非常に励まされた。「バリおもろいメリやばいメリって何なん寒(さぶ)」という句を関西アクセントで読んでいただいた。L(低い)H(高い)のアクセントで書くと、「バリおもろい(LLHHLL)メリやばい(LLHLL)メリって何なん(LHっLLHLL)寒(LH)」となります。わかる方はそれで読んでみてください。

10/1
日曜日。夫と市役所の出張所に転出届を出そうと行ってみたら日曜は休みであった。新居には固定電話を置くことにしたので、電話を買って帰る。

10/2
先日行けなかった病院へ。今年の夏の終わりは皆調子悪かったと先生が言っていた。ブックス・ルーエでサイン本を少しつくって帰る。花本さんに具合が悪そうだと言われ、電車に乗ったらどんどん具合が悪くなった。低気圧のせいだ。

10/3
低気圧などで15時ぐらいまで寝たり起きたりしていた。ツイッターで話題になっていた高田獄舎さんのブログについて、私ははじめから感想だと思って読み、だから面白いところも違うと思うところもあったし、それにしても偉そうだなと思ったが、(批評ではなく感想なので)反論や紹介をするほどのこともないとして、関わらなかった。
『天の川銀河発電所』の作家の方は、嫌なことを言われても、全部佐藤のせいだ、と思ってもらえばいいです。もしあなたの良さが伝わらないのであれば、本のつくりや作品紹介や選句や並べ方がまずいということで、それは私のせいです。私としては、今回作品を収録させていただいた方を作家として信頼しているし、作品を収録しなかった方にも、素晴らしい作家はいるし、どちらにもこれから面白い句を書いてほしいと思っています。

関係ない話。ご存じない方もいると思うので書くが、早稲田には昔から「高田牧舎」なる洋食屋がある。獄舎さんの名前はそのもじりであり、私にとっては非常に思い出深い。
早稲田の日本文学の教授のなかには、早稲田出身の先生も多く、よって早稲田の万葉集研究会で出会ったうちの両親のことをよく知っている人たちも何人かいて、そういった先生はみんな私の保護者と化していた。そんなわけで授業後に話しに行ったりすると「お父ちゃんは元気か」などと言われるのが常だった。大学入学当初、そんな先生の一人に、初めて連れて行ってもらったのが「高田牧舎」だ。早稲田に来たな、というかんじがした。
その後も「先生らが行く店」感があるところだった。しかし、今情報を見るにリニューアルして石窯ピッツァなどを出すようになったらしい。なんとなく残念である。どうせなら「高田獄舎」にでもして、辛いものばかり出す店にしたらよいのに。
この前ある店で「茄子のディアボロネーゼ」なるパスタを食べたが、「ディアボロ(悪魔)」と「ボロネーゼ(ミートソースの仲間)」をかけているらしく、辛かった。その上花椒がつかってあったので、「麻婆茄子がけパスタ」といったところだ。「高田獄舎」という店があるとすれば、それっぽい食べ物である。


2017年9月24日日曜日

2017.9.24 家の契約が済み、GRAPEVINEのコンサートチケットもとれた

9/13
夕方からトオイさんと会って新宿でイベントの場所をおさえる。12/3にイベントをやりますので音楽と俳句が好きな方はあけておいてね。夜は奥渋のフレンチ。豚耳のサラダがおいしかった。

9/14
書店まわり。新宿、池袋へ。どこの書店さんもいい場所に置いてくださって胸熱。この話すでに書いただろうか、うちの夫は大学時代ジュンク堂池袋書店で働いていて、田口さんが上司だったそう。田口さんはすでに句集等で私を知ってくださっていたので、結婚をすごく面白がられたのであった。

9/15
すこしだけ神保町の書店へ。これで書店まわりは一段落。そのあと山田航さんと会い、急遽「山田航編著『桜前線開架宣言』3刷&佐藤文香編著『天の川銀河発電所』2刷記念ツイキャス」をすることにした。さぼうる2だったので暗いかんじに仕上がった。山田さんとはもっとぐだぐだしゃべるラジオとかやりたい。
ツイキャス→コレ
夜は夫と鴨を食べた。

9/16
家の契約。契約できた。よっしゃーーー!!!!!澄子師匠のおうちから徒歩10分ちょいのところに住むことに決まりました。夜は柏でちょっといいイタリアンを食べた。

9/17
台風で撃沈。夜はペンギンに折坂悠太らのライブに行ったが体調不良で帰った。折坂さんは独特で、方向性としては七尾旅人系。

9/18
敬老の日。仕事や家事など。エクセル得意の夫が引越日までのスケジュール表を制作した。またしても講演でつかうパワーポイントを夫につくってもらった。でも、パソコンで何が一番得意か聞くと、一太郎とのこと。

9/19
整体に行き鍼もやってもらった。その後NHKカルチャー今期最終回。句会をした。その後飲んでしまった。鍼の効果が……ううう。

9/20
二日酔いをどうにか振り払い、ユリちゃんとランチ打ち合わせののち、髪を切りに。モンチッチ的な長さに戻った。それにしても髪が硬い。切った髪をお椀型にして鳥の巣をつくったが、鳥に寄付するでもなく捨てた。夫が録画してくれていたスペースシャワーTVのGRAPEVINEの特番を見る。私、GRAPEVINEの良さを夫に語り続ける。夫はパソコンゲームのエアホッケーでうさぎに勝てるようになってきた。

9/21
分厚すぎて郵便受けに入らず再配達になっていた「早稲田文学増刊 女性号」を受け取る。すごい大きさだ。自分の作品が載っているのが嬉しい一冊。午後、短歌の谷川由里子さんと新宿三丁目で飲む。サシでたくさん話すのははじめてだったので、今までの人生などについて語った。自分より年上でかわいくてかっこいい人と話すと元気が出る。

9/22
医者に行くのを諦め、従ってブックス・ルーエに行くのも諦め、午後家を出て北参道へ。若くんと取材を受ける。3時間もしゃべっていた。その後雑司が谷、小田朋美さんと三枝伸太郎さんのライブへ。飲んで食って聴いて最高の夜。

9/23
GRAPEVINEのコンサートチケット、とれた。うれしすぎる。だれか一緒に行こう。引越しの見積もりに来てもらったあと、夫と柏のニトリ、北千住のunicoへ家具を見に。キッチン台とサイドボードは家の玄関から入るかわからず後日搬入見積もりに来てもらうことに。ベッドだけは買えたのでそれはよかった。北千住の日本酒の店で夕飯。日本酒や刺身がよかったのは言うまでもないが、ピーマンの炭火焼が驚くべき美味しさだった。

9/24
夫が髪を切りに出たので、終わる時間にあわせて出て行ってイタリアンでランチ。アクアパッツァ美味かったが、あれは鱈だろうか。買い物をして帰り、家で各々仕事。私は明後日の講演台本を書いた。夜は秋刀魚を焼いて食べた。口が黄色いのが新鮮な証拠とのことで、ちゃんと口が黄色いやつを選びました。夫はパソコンゲームのオセロでレベル3に勝てるようになってきた。



2017年9月12日火曜日

2017.9.12 クマの名はしんたろう

9/6
書店まわり。吉祥寺、西荻窪、三鷹へ。書店さんの反応がよくてとてもありがたい。しかし帰って体調を崩して寝込む。

9/7、9/8
何をしたかあまり思い出せず。たぶん書き物など。体調があんまりよくない。

9/9
NHKカルチャー青山にて「まのあたり句会」。岸本尚毅さん、鴇田智哉さん、関悦史さん、私。やっている当人は面白かった。前半は講師句会、後半は参加者の句で我々が句会するのだが、夫も投句していて、「魂魄」と書いて「たま」と読ませる句だった。けっこう飲んで、関さんと夫と私で常磐線で帰る。

9/10
夕方、プラズマクラスター用のシートを買いに行ったが、10日以上待つらしくあほらしいなと思った。夜、「なぜ私は夕飯をつくりたくないか」を2時間夫に話し続け、結局料理を創作と捉えるしか私が料理をしたいと思える道はなく、ふつうの味のものなどつくりたいと思わないがよろしく頼む、ということになった。夫、PCのゲームのエアホッケーがうまくなり、ゾウ(名前はトロゾウ)、リス(今名前が思い出せない)、うさぎ(るんちゃん)を倒してクマに至る。クマの名はしんたろう。

9/11
書き物系の仕事をいくつか終わらせ、ひとりで高いランチを食べる。夫がGRAPEVINEのニューアルバムを買って帰ってきたので、特典DVDを食後に見た。最高である。

9/12
お寺の句会。7月・8月はお寺の繁忙期なのでおやすみで、久しぶりだった。わかりにくいだろうなと思って出した句について、80代の参加者に「先生、さすがだわ」と言われたので嬉しかった。誰のために行っているのかわからない。このあと大久保で北大路翼とトーク。

2017年9月5日火曜日

2017.9.5 五目並べにハマるの巻

8/31
青山ブックセンター本店でミュージシャンの関取花さんとトーク。『天の川銀河発電所』を読み込んで来てもらって、音楽にたとえてもらったりですごく面白い話になった。髙柳さんが絶対フェスに出なさそうというのもそうだし、つきあうなら西村麒麟というのも面白かった。高山れおなさんを女性だと思っていたそうだが、そういう人はたくさんいそうである。終了後、左右社でピザ打ち上げ。天の川収録作家では、福田若之さん・藤井あかりさん・小川楓子さん・中村安伸さんが来てくれた。黒岩徳将さんはイベントには来てくれたが、そのまま夜行バスで岡山に帰ったそうで、お疲れ様だ。

9/1
ドレス直しの試着に行った。あまりなにもせずに終わった。

9/2
土曜日。夫と家を見に行って、よい部屋だったので申し込んだ。澄子師匠の家から徒歩10分程度のところなので、家の前を通ってご挨拶して帰る。

9/3
日曜日。家で仕事をいくつかこなす。夕方少し散歩。夜、なぜか夫のパソコンの五目並べにハマる。ソリティアは夫の方が強いが、五目並べは私の方が強いことが判明。コンピューターのレベル4には勝ってレベル5には負けた。エアホッケーゲームもやった。夫は弱そうなゾウに負けた。私はゾウとリスには勝ったがウサギに負けて終わった。オセロもやった。夫はレベル1に負けた。私はレベル1に勝ったがきりがないのでまた今度。というか夫のパソコン(ウインドウズ)にはなんでこんなにたくさんゲームが入っているのか。夫は私がゲームを面白がるのを面白がってどんどん繰り出してくる。

9/4
家とタリーズで書き物の細かい締め切りをこなす。喉の風邪。家の審査が通ったので引っ越しはほぼ確定。夜はまた五目並べをした。レベル4からやり始め、何回か負けたので、昨日のはまぐれかと思ったが、どうにか勝ち、その後レベル5にも勝利。はさみ将棋はやってみたが面白くなかった。夫がじゃんけん迷路というゲームをやり始めたので、そんなのはやめて部屋を片付けるように命じた。

9/5
今日も家とタリーズで書き物など。今日もはやく五目並べがしたい。

2017年8月30日水曜日

2017.8.30 天の川銀河発電所PVができたり重版が決まったり

8/16
整体へ。積極的ネガティブ生活を送っているのがいけないといわれる。

8/17
ブックオフに4箱の本・DVDなどをとりにきてもらう。すべて夫のもの。
ドレスを仕立て直しに持っていく。
整体でSABONのスクラブがよいと言われたので、さっそく購入。けっこう高い。

8/18
夫、夏休みをとる。俳句甲子園に着ていく服がないというので買いに行った。金券があったので2000円で2枚の半袖シャツが買えた。

8/19
夫と松山へ。俳句甲子園、大街道で予選の日。愛光V.S.開成、松山東V.S.開成などを見た。『天の川銀河発電所』は30冊しかなく、14時台に売り切れ。夜はれなりん、鞆彦さんと刺身&日本酒、チーズ&ワイン。実家には泊まらず、ホテルに宿泊。

8/20
眠れず体調が悪く、コミュニティーセンターに行くのは断念。午後、夫をコミュニティーセンターに行かせ、自分は準決勝第三試合・決勝の実況を翔とする。優勝は開成高校。ラジオブースが暑すぎてかるい熱中症になり、帰りの飛行機まで安静にしていた。飛行機は1時間ほど遅れた。

8/21
夫、夏休み2日目。全部で3日とれるらしい。だらだらし、なにも仕事をしなかった。これではいかんと思いやることカレンダーだけ2週間分つくった。

8/22
NHKカルチャー。句集ビブリオバトルをやった。みんな3分しっかりしゃべれてなかなか面白くなった。ただ、初心者が多いとどうしても「簡単に読める」「わかりやすい言葉で日常を切り取った」という句集が多くなるな、と思った。これはまたどこかで俳句の猛者を集めてやろう(私は司会)。

8/23
なにをしていたんだったか。柏から出なかった可能性が高い。

8/24
村井康司さんと小田朋美さんと飲んだ。小田さんは『詩、ってなに?』(小学館)で平田俊子さんの生徒役だった天才ミュージシャン。1度しかお会いしたことなかったが、新しい企みについてぶちまけた。

8/25
いつも行っている食堂ペンギンパレードで初ライブ。岐阜から来た夫婦(ja-jaという名前だったか)の演奏がとてもよかった。子供が一緒に歌ったり、小さい獅子舞をかぶって踊っていた。肉味噌おにぎりがうまかった。

8/26
土曜。小部屋句会・鰺句会合同、天の川俳句大会。ピザ屋を貸切、30人が参加した。「天の川」または「銀河」の1句をふくむ3句出しの句会のあと『天の川銀河発電所』と福田若之『自生地』を販売、『天の川銀河発電所』の歌を流した。左右社の担当2人とうちの夫は句会初参加。夫がつくった「病葉は童のコスメ金剛界」は最謎句であった。私の句「ゐてくれる人たちのゐる銀河かな」は、福田若之と担当編集の特選。伝わってよかった。

8/27
日曜。週刊俳句に『天の川銀河発電所』の告知文、歌のPVを掲載してもらう。→こちら
これはほとんど全部トオイダイスケさんがつくってくれた。いい曲になってしまった。
だらだらして、午後は家で仕事&作業。夕方散歩。風が涼しい。


8/28
手賀沼で白鳥を見ながら『自生地』を読んだり謹呈先を考えたり俳句をつくったりした。白鳥は6羽もいた。あとは大鷭。夜はペンギンへ。夫が帰りに検索でいい物件を見つけてきた。さっそく内見の予約のメールをする。

8/29
『天の川銀河発電所』の重版が決定した。ご購入くださった方、ありがとうございます。収録作家さんのお買い上げもありがたかった。毎日ツイッターで告知してくれた左右社の(つ)さんにも感謝したい。なお、(つ)さんによる55人の1句ずつ鑑賞はモーメントでまとまっている。→こちら
整体。少し良くなっていると言われる。このままいいことが続くといい。左右社に行って謹呈先を考え、書店まわりの計画を立て、ミニ色紙を10枚書いた。1枚ずつ、違う人の俳句を1句ずつ書いた。いろんな書店で見つけてもらえると嬉しいです。
夫、調子が悪いと言って帰宅。熱を測ると38.6℃。結婚パーティーに俳句甲子園に句会に、疲れたのだろう。怒涛の8月だった。

8/30
夫、朝は熱が下がっていたので仕事へ。私はわりとはやく活動し始めたので午前中にタリーズに行くも財布を忘れており、そのまま引き下がるのは悔しいのでマックシェイクを飲んで(スマホでマックシェイクは買える)一旦帰宅し、今はイオンのスタバ。

2017年8月15日火曜日

2017.8.15 はやく引っ越したいのに

8/9
家庭画報の「心躍るスポーツの俳句」(古今のスポーツの名句+短いエッセイ)と東京新聞の月評を書く。今年毎月書いている仕事はこの2つ。家庭画報は写真と合わせる関係上締切がずいぶん早いのだが、スケートの句のコメントを書くには暑い日だった。

8/10
ランウェイウォーカーズの取材を受け、その後髪を切りに行った。着て行った服が気に入らず新宿で服を買いそれを着て、「そうちゃんとてるほさん」(最近わたしが勝手にBL化している男子2人)と飲み、夫が職場の人と飲んでいる現場へ。ご挨拶した。

8/11
山の日。荻窪で次の企みの打ち合わせ。9月になったら発表します。そのあと上野で夫と待ち合わせ、科博の特別展を見て帰るつもりが、体調が悪くなって常設展をさらっと見ただけで帰る。帰宅して横になっていたらだいぶマシになった。疲れが出たようだ。

8/12
申し込みまで済んでいた新居(新築)の内装ができたというので、夫と見に行ってみたら、思ったよりずっと狭く、冷蔵庫(うちの冷蔵庫は無駄に4人家族用なのだ)が置けないという理由で申し込みをキャンセル。気を取り直して違う部屋を探すも、どこの管理会社もお盆でお休み。ふりだしに戻る。ランチを食べて帰った。ホラー好きの夫が映画「残穢 ー住んではいけない部屋ー」を見よう、坂口健太郎くんも出ている、と言うので見る。怖かったが途中の私小説的なはこびが面白く全部見た。日が落ちたところで、近所の公園の盆踊り大会へ。踊りはせず、唐揚げと焼きそばとビールを買って見ながら食べた。柏市長も来ていた。夜、「残穢」の原作者である小野不由美の『屍鬼』全5巻を夫が持ってきたため、登場人物について尋ねながら5巻だけ全部読み通す。2時を過ぎてしまった。怖くて電気をつけたまま寝た。

8/13
一日家でだらだら過ごす。『天の川銀河発電所』の見本を読み、大きなミスがなさそうだと安堵しつつ、いろいろ後悔する。本というのはできたそばから後悔し、それを忘れるために次の本をつくるようなところがある。

8/14
医者に行き『天の川銀河発電所』を見せたら、主治医に「よく頑張りました」と言われた。初心者でも楽しめそうだね、買いますよ、と言ってくれたが、買ってくれるかは不明。吉祥寺でユリちゃんと会い、ランチ後打ち合わせ、ウインドウショッピングなど。帰りの電車でまた調子が悪くなる。長距離移動(柏←→中央線の新宿より西)が続いて調子を崩しているのではないか。常磐線も中央線も速いので。夜、夫に「みんなに「あなたは多和田葉子を読め」って言われるんだよね」と言ったら、夫が多和田葉子の『犬婿入り』を持ってきたので、前半の「ペルソナ」だけ読んだ。面白かった。

8/15
今日は仕事をするぞと思って朝から雑務、諸連絡をどんどんこなすが、肝心の進めなければならない仕事は進まず。こうなったら仕事以外をできるだけ終わらせようと思ってタリーズに来た。お盆だから仕事はしない、ということでいいか。よくないか。ここ数日肩こりがまた酷くなって湿布を貼っている。明日整体に行って治るといいのだけど。

2017年8月8日火曜日

2017.8.8 全部私が考え、私の考えに夫は協力的であった

7/28
愛媛県四国中央市で、小中学校の国語の先生向けの講演。講演の出来は微妙だったが、うちの父親のことを知っている人ばかりだったので、あたたかくむかえてもらえてありがたかった。ワークショップなどは慣れているけれど、一人で話し続けるのはもう少し訓練が要る。土居から伊予三島に移動して懇親会、伊予三島泊。

7/29
今治に移動し、波方図書館へ。小学生と保護者向けの俳句講座。小学校3年〜6年の10人と、8人の保護者の方。あらかじめ図書館でたくさん季語を用意してもらっておいて、自分が引き当てた季語カードの季語で俳句をつくるというのをやった。

空(うつ)せみは鳴いているせみより小さい

という句が、文香特選。松山の実家には戻らず、そのまま帰京した。

7/30
結婚パーティー用につくった夫のスーツをとりに池袋西武へ行き、ワイシャツとネクタイも購入。間に合ってよかった。帰りにピザを食べ、都電の方から大回りに歩いて大塚まで。大塚から帰宅。

7/31
自分のドレスをとりに行き(これは柏のドレスショップ)、一旦帰宅して、久々にイオンのスタバで仕事をした。

8/1
左右社に寄ってから8/31のイベントのためにランチ打ち合わせ。昼からビールを飲んで、喫茶店でだべって、雨の渋谷でカラオケ。オフ同然である。

8/2
お金をおろしたり芳名帳を買ったり、結婚パーティーに関する雑務。今までパーティーやらイベントやらを手伝ったり考えてやってきたので、そのひとつというかんじしかしない。自分のためにやるというのは変なかんじである。夫に「なんのためにやってるんだろうと思うたびに、本の宣伝のためだと思って自分を励ましている」と言ったら、「みなさんへの感謝を伝えればいい」と言われ、非常に納得した。

8/3
小部屋句会。お題は「は」の音ではじまって「む」の音で終わる句(照子さん出題)。最近俳句を全然つくっていなくて、5句揃うのがギリギリになって焦った。

8/4
エステに行き、下着を買って、ペンギンで飲んで帰る。エステは結婚式の前に行ってなかなかよかったところ。美白とかは信じていないが、届かないところの毛を剃ってもらえるのはありがたい。

8/5
結婚パーティー当日。昼ごはんはスーパーで買ってきたパックの寿司を家で食べる。宿泊先である中野サンプラザにチェックインしたあと、バスで新高円寺の美容室へ。店長の美容師さんとは大学時代からの付き合いなのでいいかんじにやってくれた。メイクもそこでしてもらった。青梅街道でタクシーを拾って山猫軒へ。私が一番に到着し、受付グッズなどもろもろ出してスタッフをしてくれるみなさんをお待ちする。伝達し終わってから夫と奥で着替え。妹に指示を出していろいろ動いてもらう。
パーティー会場は2フロアあったのだがあまり皆2階に行かなかったこともあり1階でぎゅーぎゅー詰めの立食で申し訳なかった。私はできるかぎりバクバク食べた。自分が食べる結婚パーティーがやりたかったため。
私側、夫側、どちらも5人ずつ挨拶をいただき、我々からのクイズを2問ずつ、ケーキカット、私からは中盤に『天の川銀河発電所』の宣伝、夫は最後の挨拶。
私の側は、俳句、短歌、小学校の友人、松山時代の友人、など。呼びたかったけれど人数の関係で断念した人も多かったので(子連れが無理な会場だったため呼べない夫婦がいたのは惜しかった)、またご挨拶に伺いたい。
二次会はさらに少なく9名で高円寺のワインバーへ。たまたま中学高校の同級生が現れたので(このワインバーを紹介してくれた友人)引っ張り込んで話した。
いい一日であった。
全部私が考え、私の考えに夫は協力的であった。

8/6
中野サンプラザ最上階でランチを食べ、次住む予定の家を見て歩き、カフェで一服してから帰宅。夫が見たいと言うので恐怖映像のテレビを見た。早めに寝た。

8/7
翔と俳句文学館へ。ディレクターをしている次の本のための調べもの。あらかた終わって、一息。一旦帰宅して宅急便を受け取ったり洗濯機を回したりしてからトオイダイスケさんのピアノライブへ。ここでも『天の川銀河発電所』のチラシを配布させてもらった。帰宅したら夫がマトリックスを見ていたので少し見た。コメディだと思った。

8/8
新聞の取材を受けて、パンケーキを食べた。これから打ち合わせ。雨かと思ったら暑い。

2017年7月27日木曜日

2017.7.27 仕事をしていた日々

7/18
不動産屋から現地へ行ってみたらいい家だったので申し込んだ。そのあと新宿で原稿を渡してもらって左右社に行こうと思ったら根本的な問題が見つかったため校正者とふたりタクシーで左右社へ。結局23時すぎまで。

7/19
結婚パーティー用の靴を取りに行き、ドレスの仮縫い試着をする。仕事も少しした。

7/20
仕事をしたと思うが覚えていない。体調が悪かった日だと思う。

7/21
整体へ行く。鍼は前回の倍ほど刺された。おしゃれカフェで仕事をしようとしてできず、「天の川銀河発電所」という曲の歌詞を書いていた。そのあと左右社。またしても23時ごろになってしまう。焼き鳥屋のラストオーダーに駆け込む。

7/22
夫休日出勤。私はいろいろな用事を済ます。仕事だけ進まず。 

7/23
またしても夫休日出勤。わたしは浅草でれなりんと結婚パーティーの打ち合わせ、銀座三越で夫の父親への誕生日プレゼントにハムを送り、左右社へ。そのあと新宿で伊勢丹に行き、よなよなビアワークスで飲んで、夫と待ち合わせて帰宅。

7/24
仕事をして左右社に持っていく。そのあとのどちゃんと、元バイト先の先輩の店で飲んで帰宅。夫は帰宅せず。

7/25
夫にシャツを届けてから左右社、ラストのチェックをして、どうにか終わった。そのあとNHKカルチャー。服部真里子さんが見学に来てくれた。飲んで帰宅。勤めずにこんなに毎日仕事をしたのは初めてかもしれない。

7/26
上野で大学生ふたりの俳句作品を見てあげた。結局夫は遅くなるというのでペンギンに行った。ペンギン名物「親父の梅酒」の最後の一杯は私が飲みました。 

7/27
松山へ移動。松山は暑い。ビールがほしいと思ったら父が買ってきた。ビールのあとは作(ざく。日本酒)を2種類飲んだ。私は純米派ではあるが、大吟醸支持者ではない。

2017年7月18日火曜日

2017.7.18 小津夜景『フラワーズ・カンフー』イベント「悦子の部屋」のことや極私的なこと

7/14
タリーズで仕事をしてから美容室へ行って、カットとカラーをしながらメールで連絡をし続ける。結婚パーティーのヘア打ち合わせ。その後左右社へ行って19時から23時まで校正。終わって一杯飲もうと思ったらどの店も23時半閉店で、仕方なくカレーうどん屋でビールとカレーうどん。なかなかうまかった。

7/15
夫とデートでB&Bで小津夜景さんと関悦史さんのイベント。小津さんの「日本語の縦書きは転ぶもの」「屹立だけが価値ではない」というあたり、まずなるほどと思った。「20代までは屹立が許される年齢」とも。かといってふわふわしていることが本意ではない、と。
以下ざっくり。

・散文とあわせた俳句を応募するときにこわいと思ったのは前衛と思われることだったが、韻文とのはじめての出会いは「伊勢物語」「奥の細道」だったことから、散文と俳句を入れてもおかしくないと思った
・句集は編年体も考えたが、自己模倣を避けるために内容が要請する句(連作的なもの)にした
・1ページを1小節として俳句を組んだ
・「サビ頭から始まったら10年後恥ずかしい」と柳本々々さんに言われて、「ぷろぺら」の句から始めるのをやめた
・母音は普通にしてたら揃ってしまうが子音は痕跡として体に残る
・句集のなかにB級的なものがないとやってられない(これは先日夏井いつきさんとの対談で関さんも似たことを言っていた)
・ふだんフランス語のなかにいるからわからない言語(俳句)のなかでゆったりしていられる

飲み会まで混ぜてもらった。夫も来た。おじいちゃんの家のような飲み屋で、自家製梅酒の漬かった梅がうまかった。小津さんに最後セクハラをしてしまったのを後悔している。

7/16
夫とだらだら過ごした。結婚パーティーの景品を買いに行き、名札をつくり、タイムテーブルを考え、自己紹介文をつくった。いい部屋を見つけたので不動産屋に問い合わせた。

7/17
「つぶや句575」のため松山へ。今回のゲストはミュージシャンの関取花さん。事前に小西アナから「きっと佐藤さんと関取さんは話が合うと思います!」と言っていただいていたのをいいことに、楽屋に少しお邪魔してお話もした。

7/18
今から帰京。そのまま不動産屋に行って家を見にいき、左右社に寄ってから柏に帰る予定。

2017年7月13日木曜日

2017.7.13 次の仕事へ

7/6
ひさしぶりに家で仕事をした。故澤田和弥さんの作品の校正をしたのであった。澤田さんは生前『革命前夜』という句集を出版している。それ以後の「天為」「若狭」「のいず」の作品にあたり、それ以外に「週刊俳句」、西部サロン句会、千鳥足句会から作品を拾ってあったので、その校正。協力をお願いしている方にも連絡して一部手伝ってもらった。
夜は小部屋句会。ひさしぶりに地野さんが来てくれて盛り上がった。

7/7
整体に行って鍼を初体験。その後左右社に行きランチ打ち合わせ。青山ブックセンターに行ったら照子ちゃんがいて、同じ担当さんを待ってしゃべった。お気に入りのカフェでのどちゃんとお茶し、ちょっと散歩してから軽くビールを飲んで解散。七夕らしく『天の川銀河発電所』の情報公開。七夕だが夫が帰宅したのは朝の4時半だった。

7/8
夫が午後休日出勤だというので、仕事を持って行って近所のカフェでやっていたが、思ったよりはやく終わったので、歌句会へ行った。短歌一首、俳句二句を出した。谷川由里子さんや永井祐さんらとしゃべれて満足。夫と落ち合ってちょっとペンギンに寄って帰宅。

7/9
今日も夫は休日出勤だというので、一緒に池袋へ行って夫のスーツをつくってもらい、ランチを食べて解散。私はそのあと柏でドレスを買ってひとりでペンギンで飲んだら350円しかなかったのでツケにしてもらった。

7/10
医者へ。ランチは吉祥寺のハモニカ横丁のポヨチキンとビール。カフェで少し仕事をしてから荻窪へ。不動産屋に行ってみるが来る時期が早すぎると言われる。少し駅前を歩いてまたカフェに入って仕事。そのあと左右社で校正打ち合わせ。打ち合わせ後、ワインを飲み仔羊を食って帰宅。

7/11
自分の本がだいたい手を離れたので、ようやく次の本の打ち合わせへ。前々から作業は進めていたのだが遅くなってしまった。なんとかしてこの本も今年中に出したいところ。私はディレクター的な役割。夫が飲み会なのでペンギンで飯。お金を返した。

7/12
8/5に結婚パーティー的なことをやるので、装花とヘアの打ち合わせのために電話をかけたり、なにしろ電話でいろいろ打ち合わせをし、つぶや句575のための選句もした。夜は鰺句会。今回は人数が少なく、はじめに席題で2句ずつつくった。初心者向けの句会というのは継続する必要はない、初心者向けの句会はだんだん中級者向けの句会にならないとなんのためだかわからない、などの話をした。

7/13
ひさしぶりに何もない日だったので1日休日にしようと思ったが、校正で著者とのやりとりをしたりしながら、午後はタリーズに結局「出勤」して小さい仕事をふたつほどこなす。もう少し何かしようかな。

2017年7月7日金曜日

2017.7.7 アンソロジー『天の川銀河発電所』タイトルの由来

アンソロジー、もうひとがんばりでできます!
タイトルは『天の川銀河発電所』、サブタイトルとして「Born after 1968 現代俳句ガイドブック」が付きます。左右社より、8月上旬刊行予定です。

俳句作家54名+佐藤文香、です。
メンバー詳細はこちら → 左右社

タイトル、俳句をやってる人が見ると季重なりに見えるかと思いますが、「天の川銀河」ってのは銀河系のことをさします。わたしたちのいる、銀河です。

「天の川」?「銀河」? 「天の川銀河」? わかりやすい解説 → こちら

かつて、「天の川」という雑誌がありました。
ホトトギス系だったんですが、のちに新興俳句運動の柱となりました。
芝不器男とかが出たとこです。
そのときのかんじを、今、思い出したい(そのとき生きてなかったけど)。

1918年創刊の俳句雑誌「天の川」→ こちら

で、今わたしたちがいる天の川銀河、こいつを川に見立てて水力で発電しようというのが「発電所」の由来です。

青っぽい本になる予定です。

楽しみです。楽しみにしておいてください。

2017年7月5日水曜日

2017.7.5 友達がいてよかった

6/30
整体に行く。よい気がするので来週も行くことにする。新宿で買い物をしようかとも思ったが、おとなしく柏のタリーズで仕事をして帰った。

7/1、2
土日。寝違えてつらかった。どちらの日も昼間タリーズで仕事をし、帰って夕飯をつくって食べた。夫が布団と洗濯を干し、とりこんでたたんでくれた。夕飯をつくるのも手伝ってもらった。夫の母が送ってくれた日本のワインと、ピーマンの肉詰めなど。

7/3
タリーズで仕事をした。どこかで夕飯を食べようと、行ったことのないバーに行ったらハズレで、ペンギンで飲み直した。常連化している。

7/4
アンソロジーのB枠36人の小論(紹介文)を書き上げた。これで内容面で私の書くことは終わったことになる。嬉しくて化粧品を買い、ワンピースを買い、傘を買い、鴨を食べ、ワインを飲んだ。書き上げた原稿は友人4人に送りつけ、いろいろ指摘してもらった。持つべきものは友だし、自分のプライドが低いのもよかった。

7/5
指摘を受けた点について直すため、今日もタリーズに来たら、ソイラテ(ホット)に泡で猫のようなものを描いてもらった。毎日通い続けているのがバレたようだ。そりゃそうか。改めて書き直して送った。ここからはゲラのチェックだが、その前に月評と家庭画報の連載の原稿を書かねば。

2017年6月29日木曜日

2017.6.29 ローズマリーは柚子胡椒ではない

6/22
タリーズで仕事。いつものペンギンの店が休みだったので立ち飲みバーに行った。隣のオーストラリア人のベンさんと、かものはしなど動物の話をして盛り上がった。片言の英語だったがほめられて嬉しかった。

6/23
らちがあかないのですごく腕がよいという噂の整体へ行った。よくこの体でものを作り出す仕事ができますね、と言われた。リンパがどこも詰まっているらしい。整体的なもので初めて効いた気がした。来週も行くことに。
左右社に原稿を置きに行き、少し打ち合わせ。
今日は酒はやめとけと言われたものの、翔と惣一郎と飲んでカラオケに行った。レバーが本当にうまかった。

6/24
土曜。布団を干した。昼飯は焼きそば。少し仕事をしに行き、帰って家でごはん。鶏やズッキーニを焼くなど。「これ何味だと思う?」と夫に聞いたら「柚子胡椒?」と言われたが、ローズマリーです。

6/25
日曜。除湿機を買いに行き、夫に持って帰らせて、自分は少し仕事をして帰る。夫の実家からめちゃくちゃいい肉が1kgも届いたので焼肉。半分以下をふたりで食べたが、それでも食べ過ぎた。夫のお父さんに電話をしたら「全部食べなかったのか」と言われた。

6/26
タリーズで仕事。ペンギンで飯。店主に『うたのしくみ』とかえる目をオススメする。『俳句』7月号が届く。若手のアレに私も載っています。逆企画(年上の人たちの作品を若手が批評する)もやったらいいと思う。

6/27
NHKカルチャー。「写生」の回。レジュメをつくりそびれるが、自分がモデルになってどうにか乗り切る。まもるさんが持ってきてくれて、植物の半夏生を初めて見た。

6/28
ユリちゃんとランチ。結婚パーティーの打ち合わせもする。予算内でウエディングケーキも用意してもらえるらしい。そういえばまだケーキカットはしてなかった。人生に一度くらいはしておいてもいいだろう。
左右社で打ち合わせ。アンソロのタイトルが決まらない。
ペンギンで飯。帰宅して泡盛も飲んだ。

6/29
今日。タリーズ。やはり集中力は2時間くらいで切れる。そろそろ帰るかな。



2017年6月21日水曜日

2017.6.21 雨はやんでほしい

6/11
日曜日。キャスター付きの抽斗のようなものを夫と買いに行った。

6/12
新聞の取材でいつものタリーズへ。昼ご飯を食べてまたタリーズに戻って仕事。通算6時間半タリーズにいた。ひとりで公園に行ってボールを蹴った。夫帰らず。

6/13
夫に着替えとバナナを届けてから護国寺のぼたんの会。お寺の婦人会の句会なので、お寺が忙しい7,8月はお休みになる。茄子やトマトなどをたんまりもらって帰る。モスバーガーでビールを飲みながら少し仕事をしてから帰宅。

6/14
タリーズで仕事。公園でリフティングの練習をしていたらおじいさんに声をかけられた。もう少し遅い時間になるとすごくうまい男の子が来る、という情報をもらったがとくに興味はない。二重跳びも少しする。夫帰らず。

6/15
日曜日に買ったキャスター付きの抽斗のようなものが届いた。東京駅のジブリショップで従妹宛の内祝(トトロの皿)を購入発送。銀座三越で親戚や友人への内祝を買って送る、千疋屋でバナナオムレットを8つ購入、夫の職場に差し入れ、(着替えも持参)。ペンギン食堂に行ってビールとワインを飲んで帰宅。

6/16
北大路翼第二句集『時の瘡蓋』出版記念パーティー。前日に言われて司会をすることになった。着て行った服が気に入らず、新宿に到着してからワンピースを買って着替えた。場所は歌舞伎町のダーツバー。参加者は101人。

北大路翼『時の瘡蓋』(ふらんす堂)より
二股やインフルエンザ流行す
遠方かつ今年最後の新年会
指名用写真が遺影朧月
帰宅即嘔吐サンダルが両方右
君に逢ふ前にさくつと墓参り
同人の集ひへ乳首勃つ寒さ
目のゴミが小鳥になつて七日かな

この日に限って夫がさきに帰っていたので二次会に行かずそそくさと帰宅。

6/17
夫と家でだらだら過ごす。やる気が出ず、ピザの出前をとった。サルバトーレなのでうまかった。夫が昼寝している間、少し仕事もする。アンソロジーの対談部分の構成が完成。

6/18
夫と近所の公園でボールを蹴る。昼ビールを飲んで消費カロリーはチャラ。20日〆切の原稿をひとつ仕上げる。寝る前に号泣して夫に迷惑をかける。

6/19
医者に行き抗鬱剤が増える。料理をつくろうと思うなと言われる。通う頻度も一時は2カ月に1度だったのに次は3週間後になった。昼は杏香ちゃんと吉祥寺でポヨチキンとビール。北千住に向かい、仕事をしようと思ったがやる気が出ず、自己肯定感を高めるため一人カラオケ。DAMの精密採点では93点が限度だった。1時間リラクゼーションに行き、柏倉さんと飯島くんと飲んで励まされたが飲みすぎた。

6/20
タリーズで仕事をし、高島屋で内祝の残りを送り、モスバーガーでビールを飲みながらもう少し仕事をして、ひとりで小料理屋で飲んで帰宅。夫の仕事は一段落したようでふつうの時間に帰ってきた。はやく寝た。

6/21
雨。低気圧で手がしびれて起き上がるのが大変だった。タリーズで仕事。雨が弱まってから帰りたいと思うが、仕事はもう疲れた。

2017年6月10日土曜日

2017.6.10 梅雨入り

6/5
松山へ。実家で誕生日ケーキでも買おうか?と言われたが、最近そんなにケーキに喜びを感じないので、ハーゲンダッツのミニカップだけ買ってもらった。赤ワインと日本酒。

6/6
以前から準備していた宇宙のシンポジウム。14:30から打ち合わせ、18:00に機材セッティング、19:00から30分講演、そのあとパネルディスカッションをやった。学会に参加する人たちが300人くらい来る予定だったらしいが、学会参加者はほとんど誰も来なかった。一般参加者が少し。なのにサブホールだったから、だだっ広くて話しにくかったが、どうにか大きなミスもなく終わった。パネルディスカッションで、ロケットを飛ばす現場の季感や、ロケット内での新しい季語について考えたのが面白かった。打ち上げでは亀の手とチャンバラ貝を食べた。
様子は→こちら

6/7
朝から雨。梅雨入りしたらしい。両親は共働きなので朝8時にはひとりになる。とはいえとくに何もする気はおこらず、空港へ行って鯛そうめんを食べて帰京。またオシャレ居酒屋(「ペンギン」と呼ぶことにしよう)に寄ってすっかり常連化を果たす。早寝。

6/8
気圧の関係で全然起きられず、合計で15時間ほど寝た。肩や腰の凝りがひどく、座っているのも辛いので、リラクゼーションで30分揉んでもらった。前行っていた整形外科は担当が変わって行くのが億劫になり行かなくなってしまったが、今回のところはわりとよかった。夜は小部屋句会。12人満席の参加で、飲み会も11人。いつもの中華料理。参加者のうち4人が美大卒(ひとりは現在院生)とわかり、卒業制作の話などで盛り上がった。自分が話さない方がみのりある飲み会になるなぁ。夫はやはり遅く帰ってきた。

6/9
また朝がつらかった。が、どうにかして起きて溜まっていた家事をする。昼すぎからタリーズへ。締切を延ばしてもらった月評などを書き、夜は翔と柏で飲んでカラオケに行った。オフコースを熱唱した。帰宅してから少し買い物に行き、夫の帰りを待って寝た。

6/10
休日出勤の夫についてきており、カフェで今から仕事をします。

2017年6月5日月曜日

2017.6.5 32歳になったりした

5/31
タリーズで仕事。元「俳句研究」編集長の石井さんから電話をもらう。叱咤激励された。ひとりで近所のフレンチに行って、ビール、ヴィオニエ、ラングドックのピノ、ラングドックのグルナッシュを飲んで、調子にのってカルヴァドスまで飲んだ。食べたのは牛蒡と穴子のテリーヌ(セロリの葉とトレヴィスがナイス)、仔羊の赤ワイン煮、蜂蜜プリン。誕生日のディナーも予約して帰宅。

6/1
アンソロの対談の素起こしを終える。コラム部分、一箇所をある人との対談(ほぼインタビュー)にすることにして、その人と新宿で話す。PCを持って行って、その場で起こしてだいたい出来上がる。神保町の沖縄っぽいお店でかるく飲んで解散。

6/2
上野で男性誌の取材。村上鞆彦やSSTなどを紹介した。近所にできたおしゃれ飲み屋にひとりで入ってみたらいい店で、ブルックリンラガー、オーストラリアのシラーズ、薬草系のラムで調子に乗って明日誕生日だと言ったらミックスナッツをいただいたのでマッカランまで飲んでしまった。柏の飲食店のブログを書いている人と仲良くなった。

6/3
誕生日。誕生日祝いにと言って、講演用のスライドを夫に全部つくってもらった。高島屋に買い物に行き、夫の半袖シャツと夫の仕事用でない鞄、私のスニーカーを、夫が購入。予約してあったフレンチへ。スパークリングのあとラングドックのカベルネソーヴィニオン(この店はラングドックのワインが多い)、胡瓜と鰺と蓴菜のジュレ、柏産焼き野菜、前菜盛り合わせ(燻製のホタテやローストビーフ、鴨、フォアグラのテリーヌ、人参のラペなど)、鴨のコンフィ、花ズッキーニとリードボーのフリット、アメリカンチェリータルト。お祝いにと言って山梨でつくっているブランデーとデザートワインもいただく。

6/4
やる気が出ずうにゃうにゃしていた。午後、夫と家を出て、私はカフェへ。月評がうまく書けないので、そのかわりに俳句の原稿をふたつ仕上げる。夫は本屋に行ってからカフェに来て、その後また高島屋に行き、内祝を少し購入。2日前に行ったおしゃれ飲み屋に夫も連れて行き、少し飲み食いして帰宅。

夫は相変わらず忙しいため、おいしいものを食べた以外は平常運転で土日を終える。

2017年5月31日水曜日

2017.5.31 関悦史パーティーのことなど

せっかく毎日のことを書いていたのに、ふっと書かなくなるのはいつもの癖で、あまりよくない。最近は少し精神状態も安定してきているので、もうちょっと日々の流れを決めて、あとは体力がないのをどうにかしなければならない。

5/18、19
夫が仕事で連日遅いので、18日は妹の家付近に行って日本酒の店で飲み、19日は妹に柏に来てもらって安居酒屋で飲んだ。妹も夫が飲み会続きだったらしく、ちょうどよかった。食べ物の趣味はだいたい合う。

5/20
アンソロ対談3人目。これで対談は終わり。今回は若くんに助っ人で来てもらった。終わってからワインをだいぶ飲んだ。

5/21
関悦史さんのダブル出版記念パーティー。はじめ幹事的な業務すべてを生駒くんが引き受けようとしていたので、少しずつ手伝っていたらいつの間にか自分も幹事のようなことになっていた。結局生駒くんに会場係をしてもらい、私はお客様係ということで分担ができた。生駒くんとはいつも助け合う仲なので、一緒に仕事ができてよかった。
私が会場の下見に行かなかったせいで至らない点も多くあったけれど、みなさんのスピーチから句集の各章がどうできたかがわかったりしたし、なにしろSST(関悦史、榮猿丸、鴇田智哉)による「季語に、胸キュン。」( YMO「君に、胸キュン。」のパロディー)が大ウケだったのでとてもいい会になった。
事前にSSTで撮影したプロモーションビデオのパロディーを流しながら、3人が当日歌うというかたちになっていて、そのビデオ撮影も、生駒くんが担当した。私は女性役ということでかり出されたのだが、実際は私のスマホで動画を確認しながらそれに合わせて3人に指示を出すディレクター業のようなことをする時間の方が長かった(自分が出るよりその方が性に合ってる気がした)。私たちが撮影しているうしろで太極拳の人たちがそれぞれ練習?をしていて、それもシュールだった。
音楽をつくってくれたトオイダイスケさんは当日も音響を担当してくれた。映像をつくってくれた酒井さんにも感謝。央太さんは当日の様子をVTR化してくれた(ので、見たい人はメールをくだされば送ります)。酒井さんは関西にいてやってくれたし、央太さんは関西から来てくれたばかりか、オリビア眼鏡などもつくってきてくれて盛り上がった。受付司会などなど皆さんお疲れ様でした。関さんがみんなに愛されているのが嬉しかった。当日の写真はここです。→こちら
あと、ちょうどこの日、「クプラス」の3号(最終号)が「週刊俳句」に掲載されました。
こちら 「クプラス」3号はあやうく出ないで終わりそうだったのだが、どうにかなってよかったです。みんな、作品、いいと思う。

5/22
道玄坂のホテルに泊まって、翌日は関さん、生駒くん、トオイさん、凱くん、杏香ちゃんと美術館吟行。国立新美術館でミュシャ展を見た。御茶ノ水のサイゼで句会をして帰った。

5/23
NHKカルチャー。みんなが、他の人がどう考えるかを聞くのを楽しんでいるのがよいと思う。褒められたいという動機で来ている人がいないのがわかるのでこちらもやりやすい。

5/24
ユリちゃんから急に誘われて表参道THREEでランチ。その後左右社へ行き仕事。終わってから柏でトオイダイスケさんのピアノライブ。ツイッターにも書いたが、はじめてトオイさんの演奏を聴いたおじさん(日本人)が「enough! enough!」と言っていたのが印象的だった。「柏がニューヨークだよ」とも言っていた。あとでトオイさんに聞いたら、どうもニューヨークに住んでいた人らしい。

5/25
父還暦。この日は何をしていたか記憶がない。俳句を書いてたのかな。

5/26
左右社で少し作業ののち、「中村裕さんを送る会」の慰労会へ。ナムーラミチヨさんと息子のコズミさんとその息子のたあらくん、遠山さん、寺澤さん、村井さん、私。裕さんについて語り合ったあと、二次会で「ぼるが」に行こうとしたら満席で入れず残念だった。

5/27、28
土日。土曜は妹が来てふたりで買い物をした。ふたりとも6月が誕生月なので「11000円以内で化粧品を選んで買い与え合う」というのをやった。あとは夫と買い物に行ったりして柏から出ずに過ごした。

5/29
髪を切った。その後、モスバーガーで仕事。夕飯を食べる店を探して小一時間さまよう。おしゃれ飲み屋ができていて入りたかったがおしゃれ人がすでに何人かいて尻込みしてしまい、帰宅。

5/30
タリーズで仕事ののち、銀座に買い物に。おしゃれ飲み屋に行くか迷うも、家で夕飯。

昨日から7/2までは、仕事をがんばる5weeksと名付け(ダサい)仕事を毎日がんばろうと思っている。できれば毎日3時間以上仕事をしよう。今日は3時間仕事をしたのでクリア。
お仕事をしているみなさんは3時間なんて超短い、なに甘ったれたことを言ってるんだと思われるかもしれないが、私には体力も気力もないのでしょうがない。自分ができる範囲でやるしかない。
運動をしたいと毎日思っているのだが、体力が落ちていて、出ていく気持ちになれないのが困りものです。

2017年5月26日金曜日

2017.5.26 アンソロ 残念なこと

いろいろ書きたいことはあるけれど、アンソロの話。
ゲラを確認して、見栄えの問題で、ひとりの作家につき3句削ることになった。残念。

2017年5月18日木曜日

2017.5.18 俳句アンソロジー 公募作家発表に際して、少し追記

公募作家をひとりで選ぶにあたって、なにしろ公平にしなければならないと思いましたので、やり方をさきに決めて、すべて書いたフローシートのようなものを、版元に提出してあります。実は、ちょっと面白いやり方をしてみたのです。当然、一次選考に残った、最終選考に残った、という人が、それを見ればわかります。本のなかにうまく入れられそうなら、入れたいと思いますし、もし入らなくても、どこかで発表する予定です。今回は入集した方のお名前のみの公表となってしまいましたが、ぎりぎりまで迷った作家の方もいらっしゃいました。

応募してくださったみなさんが気になるかなと思った点について補足です。俳句を見て選んでいますが、みなさんのお名前は見える状態で選考しました。もし名前を伏せて選考したとしても、既発表作品含む200句なので、当然私が目にしたことのある句で作者がわかってしまう場合がある、それだと、作者名がわからない人とわかる人がいるという不公平性を生むと思ったためです。
もちろん、知り合いもいれば、知らない方もいて、だからどうということはなく、それぞれ面白く拝読しました。
全体のバランスよりも本気で推せる作家を選んだという意味で、わがままな選になっていますが、それができるのは、私ひとりで選んだからだと思っています。私は私を信じるしかないのが、心細いですが、私もがんばりました。

いろいろな新人賞や、こういった公募のようなものがあって、賞を獲る方もいれば、そうでない方もいます。でも、今回選ばれなかったからといって、その人の作品に価値がないということではありません。
選ばせてもらった責任として、応募してくださった人の作品をどのような理由で入れることができなかったかは、聞かれたらこたえられるようにしてあります。もし、今後何かに応募される際の参考にしたいという方がいらっしゃったら、私の意見でよければ、聞いてくださいね。

今回応募してくださったみなさんひとりひとりが次に書く作品を楽しみにしています。

アンソロジーには、公募作家も依頼作家にまぜて配列する予定です。
公募5名を含む54名の作品を楽しみに、お待ちいただければと思います。

2017年5月17日水曜日

2017.5.17 コシラエとかセキエツとか

5/13(土)
私の元バイト先のキッチンだった志田さんが店長をやっている三軒茶屋の「COSHIRAE(コシラエ)」が1周年。立食パーティーへ夫と行く。同じく三軒茶屋の「iremono」でマグカップを購入してから行った。微妙な天気。
一度ここで句会をしたことのある仲間のごーくんと吉富くんを誘ったら二人も来てくれた。結婚祝いと言って葡萄をくれた。嬉しい。
コシラエには私もはじめだけバイトに入っていたこともあり、この日も入り口で受付を少し手伝うことにした。濃いめの味のソービニオンブランを1本とって4人で飲んだ。立食で出てくる料理すべてが美味しいというめったにないパーティー、さすが志田さん。
柏は遠いのではやめに帰った。

5/14(日)
家事と仕事。夫は髪を切りに行った。晩ご飯は鰹のたたきと豚しゃぶサラダなど。最近は家では富乃宝山を飲んでいる。夜、なんか甘いものが飲みたい、と言って、セブンイレブンまで散歩。

5/15(月)
病院に行って、前回よりはずいぶんマシという話をする。薬が効いているのか、置かれている状況によるのかはわからないが、緊張性頭痛はとりあえずおさまっている。
吉祥寺で杏香ちゃんとランチ。パスタが少なめだったので久しぶりにデザート(私は苺ショート、杏香ちゃんは苺のモンブラン)も食べた。
カロリーを消費するべく井の頭公園を散歩。何人かが集まって何かを見ていると思ったら鳰の浮巣があって、双眼鏡を持っている人が貸してくれ、杏香ちゃんと順番にのぞいた。子供が5羽いるらしい。この木は一番に桜が咲く、と髭のおじさんが言っていた。
吉祥寺で仕事をして新宿に移動し、カフェで加藤さんと落ち合って関悦史×夏井いつきトークショーへ。大盛況、且つ内容も大変充実しており、よかった。最前列で聞くつもりが出遅れて最後列になってしまったが、楽しく聴けました。BLの章から始まったのでその話で終わるんじゃないかと心配したが、バランスよく各章・タイトルの話、構成や句作術などを聞き出し、「迷惑な句集」と言いながらも関悦史大解剖を見事にやってのけた、さすがいつきさん。関さんは相変わらず早口だったが面白かった。時間があれば全部文字起こししたいんだけどなあ。
いつきさん、いつきさんの夫でありマネージャーの加根さん、関さん、版元の港の人の上野さんにまぜてもらって打ち上げ。関さんと仲良く常磐線で帰りました。いつきさんとしゃべれるのが久しぶりだったこともあり、自分ばかりしゃべりすぎて反省。

5/16(火)
前日にたくさんの人と会ったこともあり、疲れたので休み。しゃべりすぎて反省して落ち込む病気から抜け出すにはどうすればいいのか。薬局に行き、少し仕事をし、ビールを飲んで洗濯物をたたんだ。晩ご飯は麻婆茄子。

5/17(水)
午前は相変わらず人間生活ができていないが、洗濯物は干して、昼からタリーズで仕事。ようやくアンソロジー公募作家の作品の並べ替えを終えた。このあとは鰺句会。

追記
アンソロジーの公募作家5名がアップされました。
こちら
言い添えることがあるとすれば、80名を超えるご応募があったこと、そして田中裕明賞決定前にすでに選考は済んでいたこと、でしょうか。
ともあれ、よろしくお願いします。

2017年5月12日金曜日

2017.5.12 「昨日は宇宙の人たちに会ってきまして」

5/9(火)
護国寺のお寺の婦人会の句会、ぼたんの会。参加は3人。欠席投句の方が多いこの句会だが、だんだん句が面白くなっている気がするのは、句会報をまとめてくださっている方のおかげかなと思う。伝わることは嬉しいことだ。
翔が柏に来るというので、カフェで仕事を少し手伝ってもらい、焼き鳥屋に行って飲んだ。ふたりで煙草を吸った。調子がよくないときはお互いに助け合おうな。

5/10(水)
アンソロジーの対談2回目。今回は渋谷にて。これも翔が聞きに来てくれた。予定していたくらいの時間でちゃんと終わって、少し歩いて夕飯のお店を探し、いい店に入った。花ズッキーニのてんぷらというものを初めて食べたが、これはいいねぇ。花ズッキーニ料理は空洞のところに何かを詰めるのが基本らしく、今回はホタテの練り物のようなものが入っていた。燻製や鹿も食べた。ピノノワールとカベルネソービニオンをグラスでとって、カベルネが美味しいのでおかわりしてしまった。上野で夫と落ち合って帰宅。

5/11(木)
貴重な収入源である「源泉徴収されていて戻ってくるお金」がいつまでたっても振り込まれないと思っていたら、本名が変わったから銀行口座名義との相違で振り込めなかったという通知が来た。筆名は佐藤のままでやるので、面倒だから原稿料等振込用の銀行はそのまま佐藤文香でいくとしても、本名の口座もひとつくらいないとと思い、ゆうちょに行って名字、ついでに住所変更をした。新姓を書く欄に思いっきり佐藤文香と書いてしまった。
夜は小部屋句会。新しく大学生が2人来てくれた。お題は「切れ字ふたつ以上の句」。舫さんはまたしても全部そのお題でつくってきていた。私が出した句は

  やで切つてやで切つて気の合ふ仲間  文香

というズルい句。気分は筑紫磐井である。
凱くんはいなかったが凱くんが前連れて行ってくれた中華屋に行って、食べすぎたので柏駅から歩いて帰ったが、1kg以上増えていた。

5/12(金)
ここのところ朝全然起きられない。夫が出発するのが8時ごろなので、7時ごろ起きて朝食を用意するのだが、食べられないしその時間座っていることもできないので、朝食を用意したらまた布団に入り、「行ってくるよ」と言われて起き上がって玄関で朦朧としながら送り出す。そしてまた眠って、10時台後半ごろ起き出し、のろのろと人間になる。気圧がすごい勢いで下がっているときなどはダメなのがわかっているのだが、そうでないのにダメなので申し訳ない気持ちだ。
しかし今日は12時から上野で打ち合わせだったので、がんばって10時前に起き上がって上野へ。行きたかった店が満席だったので普通に椿屋珈琲店へ。今年はなぜだか講演依頼が4つもあって、その1つ目の仕事の打ち合わせだった。ISTSという宇宙技術および科学の国際シンポジウムで、松山でやるから松山らしく俳句で、ということらしい。30分の基調講演を私がしたあと、パネルディスカッションの6人のうちの1人としても登壇する。俳句サイド3人、宇宙サイド3人。どうなることやらと思うが、俳句サイドには青木亮人さんがいるから安心だ。担当の矢野さんが「昨日は宇宙の人たちに会ってきまして」と言っていたのが、宇宙人に会ってきたみたいで面白かった。
基調講演のはじめだけは英語で喋ることにして、英訳は夫にしてもらい、それを妹に音読してもらい、聞きながら英語の練習をすることに決めた。持つべきものは有能な家族。しかし大事なのはそのあとの内容の方なのだが。パワポは夫に手伝ってもらうとして、俳句の英訳も誰かに手伝ってもらわないと。

2017年5月8日月曜日

2017.5.8 新婚小旅行

5月2日(火)
宅急便を出したり余っていた材料で料理をしたりしたが調子が悪くあまり記憶なし。

5月3日(水・祝)
つぶや句575のために松山へ。紗希ちゃんと息子ちゃんと同じ飛行機だとわかり、一緒に保安検査などを抜ける。紗希ちゃんは俳句王国時代に2週間に1度帰松していたためプレミアムなんちゃらで、その連れということで初めてラウンジに入れた。偉い人の気分。
つぶや句575、今回のゲストは岡田奈々さん。広島でSTUのお披露目後、船で来てくれた。まだ19歳。「丸」というテーマで、私がキングオブつぶやきストに選んだのは「πあればまるくおさまることもある」(埼玉県 ちゅうねんぷーさんさん) でした。

5月4日(木・祝)
午前の飛行機で夫が松山に来て、昼を食べたあと特急で大洲へ。大洲城と臥龍山荘を見た。山の緑のいたるところに黄色っぽいもこもこがあるのは椎で、匂いもすごかった。冨士山の山頂付近の躑躅は可愛かったが、観光というより路上観察的な楽しさで、私は各家の前の植木鉢の並びを写真に撮り続けていた。
内子の民宿「月乃家」へ。正面のドイツ料理屋さんでカリーブルストやシュニッツェルなどを食べドイツビールとドイツワインを飲み(ドイツで食べたのより美味しかった)、飲み足りずスナックを探す。地元の人が集まる店を見つけ、私だけが3曲くらい歌い、黒霧島を飲んでいたら、常連さんが今日が誕生日だというのでケーキとシャンパンのおこぼれをいただいてしまった。

5月5日(金・祝)
民宿の豪華な朝ごはんのあと、大森和蝋燭店、商い暮らし博物館、内子座などを見たあと、いかざき大凧合戦に向かう。五十崎は内子の隣町なので、車ならすぐなのだが、40分くらい歩いて向かうことにした。日差しがキツいので途中フジ(地元スーパー)とレディ(地元薬局)に寄って飲み物と日焼け止めを買った。誰も歩いてなどいない国道をgoogle mapに従って歩き、蛙をくわえた蛇などを見たりして、どうにか会場に到着すると、思いも寄らない人の数。肱川の河川敷で、とにかくまわりをこんもりと山が囲んでおり晴れもしたのでかなりいい景色だった。花火大会レベルで、たくさん出店があり、小さな凧が売られていたりしたが、とりあえず缶ビールを買って、橋の下(影はそこしかない)でソーセージと鯛飯を食べながら、バトルが始まるのを待った。その時間帯は、今年生まれた赤ちゃんの名前が書かれた大きな出世凧が揚がっていたり、小さい子が思い思いに小さな凧を揚げたりしていた。次第にゼッケン付きの規定のサイズの凧が増え、いったん凧をすべて降ろして13時からが競技だった。河原にロープが張られていて、競技に参加する人しか入れないその中にいる人たちの手から一斉に凧が揚がるのだが、当然もつれたりうまく揚がらないものもあって、3人くらいずつのチームごとにあたふたしたり隣とぶつかったりしている。あとで知ったのだがこれは大凧合戦ではなく、大凧は河岸双方から凧をぶつけ、凧にガガリという刃物がついていてそれで相手の凧を切ったりもするらしい。ともあれそのたくさんの凧のなかでも、コンスタントに高く揚がっているものには技能点がつくらしく、なるほど地上近くでドタバタしている間にずっと高くに揚がっているものも2,3あって、そういうのがいいのだなと思った。ただ、暑かったので最初のみ見てタクシーを呼び、宿で荷物を引き取って和蝋燭を購入して内子駅まで帰った。内子駅から松山駅までの25分間は疲れて眠った。実家に帰って両親と我々で夕方からだらだらと飲み食いした。

5月6日(土)・7日(日)
鹿児島から夫の母を呼び寄せ、5人で松山観光。石手寺はマントラ(奥の洞窟)まで行き、子規博は父が解説、道後を少し歩いて大和屋本店で夕飯。我々も大和屋本店に泊まった。7日午前中、私は調子を崩して行かなかったが坂の上の雲ミュージアムと萬翠荘を父が案内したようだ。内子土産はうちの親には京ひなの純米吟醸、夫の母には和蝋燭。

新婚旅行はオーストラリアでかものはしが見たい、と言い張っていたのだが、この5月4日〜7日が、実質の新婚小旅行ということになった。愛媛松山は私にとって、やはり故郷という感覚は薄い。何日か旅行するならいいところである。
オーストラリアはまたの機会にしよう。

5月8日(月)
3度寝をして昼になり、関さんの夢を見て目覚めたら関さんが柏にいるという。取材のようなものだったようだが、終わったあと会ってカフェで話し、近所の安居酒屋で飲んだ。安居酒屋の奥におじいさん3人が入ってきて、俳句の話をしていた。もっと深い話になるかと思いきや、前立腺など病気の話になったので聞くのをやめた。

しかし、本当に仕事をしていない。風邪まで引いた。苦しい。

2017年5月1日月曜日

2017.5.1 白桃と苺、ほとんど食レポ

4月24日月曜日の続き。
この日は北寄貝を買って帰った。北寄貝なんか売ってるウケる〜と思って北寄貝が大好物のユリちゃんにラインしたら買わないなんて信じられないと言われたので買いに戻った。デカかった。一人でコンロで実験のように焼いて食べた。焼酎をストレートで。途中からバター炒めにした。うまかった。

25日火曜日。
NHKカルチャー「俳句アタマのための実作トレーニング」第二弾の1回目。この第二弾はうまくまとめて本にしたいと思っているので、本名が出るのがマズい人は俳号をつくってくださいと言ったら5人くらいに俳号をつけてくれと頼まれてしまった。「俳句的自己紹介」と「ふたりで一句」をやった。夫が日帰り出張で帰る時間をあわせようとビールとワインを飲んでいたら夫の方がはやく帰ってしまって恐縮。しかも私は帰るなりソファで寝てしまい口に歯ブラシを突っ込まれて起きた。あかん。

26日水曜日。
柏駅の西口側にあるおしゃれカフェで仕事。柏の主婦がおしゃれランチをするときは全員来そうな店である。白インゲンと豚バラのトマト煮込みパスタは真似したい。ローリエをけっこう入れてよさそうだ。

27日木曜日。
昼はカフェでテープ起こしなど、夜は阿佐ヶ谷のビストロへ。ユリちゃんと夕飯。前菜のなかの人参のラペが特に美味。秋刀魚と馬鈴薯のサラダもドレッシングがよかった。久しぶりに白は華やかめのシャルドネ、赤は重めのテンプラニーリョ。二軒目でビールを飲み、ビールはネーブルエールでいいのだが食べ物がアレで、うまい店のあとにはうまい店に行かないといけないと思った。夫も飲み会だったようだが私の方が遅く帰宅。

28日金曜日。
天気が良かったのでサンドイッチを買って夫の職場へ。中庭のベンチで一緒に食べたあと、少し散歩した。首相官邸の裏には竹をほどこしてあるんだが、そこの筍がぐんぐん伸びて竹になりつつあった。躑躅の勢力も凄い。大久保方向に行くバスのバス停があったのでそこからバスに乗って俳句文学館へ。1時間近くバスに乗っていた。図書館的なところは本当に苦手なので、調べ漏れをばばっと調べてすぐ出る。
新宿に行って派手なシャツとスカートなどを買って帰る。前日もだが電車での行き帰りにずっとテープ起こしをしていて、柏に戻ってもカフェでやり続けてやり終える。力尽きてもう料理をする気がなくなったので、夫が柏まで帰ってくるのを待ち、近所の魚メインの居酒屋に寄って食べて帰った。鰆の炙りなんかがよかったが、夫にとっては食べられないものが多くて少しかわいそうだった。夫はイカタコエビカニ、あとグロいもの全般(モツや鶏皮、ウニや白魚も食べない)が食べられない。日本酒はおりがらみかうすにごりありますか、と聞いたら佐賀の基峰鶴を出してくれた。辛口。

29日土曜日。
俳句雑誌「円錐」の「円錐新鋭作品賞」に応募してあり、それが山田耕司選「白桃賞」に選ばれたことがわかった。山田さんとは「クプラス」編集部で一緒なので、内輪のような感じに見えると賞のためにはよくないかなと思いながらも、完全無記名での選考であったとのことなので気にしないでおくことにした。35句出したが掲載は20句のようで、自信作が3句ほど落ちていたので少し残念。句集等には入れるつもりだ。私が主催している小部屋句会の仲間の伊東光穂の一句が高柳蕗子推薦句になっていたので喜ぶ。聞くところによると高久麻里さんも推薦作家になっているようだ。この人も小部屋句会、鰺句会のメンバーである。

夫とのデートで神楽坂へ。といっても船団フォーラム「口語の可能性」という俳句のイベントを聴きに。私も夫も赤いシャツに紺の上着を着て行ってしまい、ペアルック扱いされたが、それについて夫はあとで「なかなかこのシャツも評判が良かったね」と言っていたのでちょっとウケた。前半は神野紗希・橘上・秋月祐一・久留島元によるシンポ、後半は坪内稔典と池田澄子のトークだった。
秋月さんも小部屋句会のメンバー。水を零すような喋り方がいい。橘さんの切れ味と紗希ちゃんのバランスで聞き飽きなかった。口語はレトリックであるということを自覚せず書けたいい作品は天才が書いたかまぐれかどちらかで、まだ俳句というジャンルでは基本的に頭をつかわずに口語では書けないと思う。前半が表現に関するガチなトークだっただけに、後半も、たとえば鬼貫俳句新人賞と石田波郷俳句新人賞の作品の良し悪しを議論するとかでもいいと思った。坪内さんはもう俳句世間に疲れているようだが、俳句の世界の面白い現場がどう動いているのかをもっと見た方がいいと思う。打ち合わせなしのトークながら、澄子さんがどうにか実のある話にもっていこうとがんばっていた。

懇親会には出ず(デートなので)17時台ながらほぼ満員の生ハム専門店でディナー。お通しのプロシュートが本当に美味しかったので、パンチェッタとミラノサラミもハーフで頼んだ。ジビエの鴨(あれはいちじくとベリーのソースだろうか?ほとんどジャムの域。つけあわせのチコリーの紫のやつも美味)もタリアテッレもよかった。ワインは白はヴィオニエだったか忘れた、そのあとモンテプルチアーノダブルッツォをボトルで。ワインの重さの座標のなかでは重く果実味も高いところに位置していたが、流行りのミディアムというかんじ。まぁボトル3900円なのでそんなもんだし、生ハムと合わせるならむしろ重いくらい。次回夏の夕暮れに来るなら、生ハムを盛り合わせにして、スパークリングとあわせてもいい。
なんだか食レポのようなブログになってきているが、うまいものを食べ、おいしいお酒を飲むことにしか興味がないし、ここ10年で学んだのは味と匂いくらいだから、ライフワークにしたいと思う。この前「なんでも買っていい」と思ったときに、ほしいものはそんなになかったけれど、食べたいものは山ほどあった。今はアミガサタケが食べたい。
大江戸線で新御徒町、つくばエクスプレスで流山おおたかの森を経由する、リッチなコースで往復した。

30日日曜日。
朝はホットケーキ。昼すぎに夫とスーパーへ、昼は鶏ひき肉と茄子丼、夕飯をつくって少し仕事をしてから渋谷クロコダイルへ。谷川俊太郎トリビュート朗読会「俊読」に石原ユキオが出演するのでユリちゃんと見に行った。ご存じない方もいらっしゃるかもしれないので書くと、ユキオちゃんとユリちゃんと私は2010~2012の2年間、期間限定短詩系女子ユニット「guca(グーカ)」というのをやっていた。ユキオちゃんは岡山在住なので、久しぶりに元guca集合というかんじである。
出演者は谷川俊太郎の作品と自分の作品を合わせて10分程度朗読する。ユキオちゃんは2度目の出演、私は去年出演した。演者は前半6人、後半俊太郎本人含め3人だっただろうか。前半だけ見て退席したが、断然石原ユキオがよかった。朗読は読んでいるだけではだめで、とくに自分に興味がない相手を、どう聴かざるを得ない状態にさせるか、だと思う。認知症という重い内容を、重いままに面白く、本当に聴かせる内容だった。暗い気持ちにもなったし気分が悪くもなったし爆笑もした。隣の女性(ユリちゃんではない)は泣いたと言っていた。
そのあとユリちゃんと夕飯。トリッパとルッコラのサラダ、アワビ茸のトリュフ風味、コトレッタ。ワインはフランスのマルベックをグラスで頼んだあと、ビールに戻ってブラウンエールにした。新しい店のようで、パリピに満ちていた。帰宅したのは0時半を過ぎており、夫はホラーゲーム実況を見ながら法律の勉強をしていた。勉強の方も趣味らしい。

5月1日月曜日。
11時半前にユキオちゃん・ユリちゃんと集合しフルーツパーラーへ。苺特集。ユリちゃんはハムサンドと苺パフェ、ユキオちゃんはフルーツパフェ、私は苺サンドイッチとプリンアラモード。苺サンドはいくらでも食べ続けられたし、ユリちゃんの苺パフェの苺のジョリジョリは夢のように本当の苺味だった。ユリちゃんと私からの重大発表をユキオちゃんに聞いてもらった。
仕事に行くユリちゃんと別れて、ユキオちゃんと代官山1/2galleryへ。長嶋有「詩と俳句展」を見る。活版印刷はいいなぁ。代官山を散歩したかったが雷が鳴り始めたので渋谷ヒカリエに。「47 こども道具展」等を見て、東京駅まで一緒に行って別れた。私は面白い人にしか興味がない。俳句でいえば、面白い俳句を書く人にしか興味がない。と思った。
柏に帰ってきたら柏は大雨で、仕方ないのでカフェに入ったら、昼が果物だったため腹が減っていることに気づき、チキンサラダのオープンフォカッチャを食べてしまった。



2017年4月24日月曜日

2017.4.24 アンソロの話4とOHAYOのヨーグルトなど

22日土曜日。
翌日がアンソロジーの対談なのでその準備をする。
アンソロジーに収録予定の54人は取り上げ方に二段階あり、18人については4ページ84句(大きな字で28句、下に小さく56句)を取り上げ、私と誰かとの対談が2ページで(『桜前線』と同じかんじ)。ほかの36人については2ページ42句(大きな字で14句、下に小さく28句)を取り上げ、半ページの紹介文になる。54人を3章に分けたので、1章につき84句枠が6人、42句枠が12人となる。
84句枠の作家18人、各章6人ずつについて、3人の大人(1968年以前生まれの方)に対談をお願いした(なので3回対談をする)。その対談の1回目が日曜なのである。とにかく6人についてエクセルでメモをつくって印刷したら矢鱈字が小さくなって、夫に見せたら、ちょっとそれ送って、と言うので、これはきっといいかんじにしてくれるに違いないと思ったら、予想通りいいかんじのメモができた。内容についても言い方がよくないところを少し指摘されて直した。

一度ユリちゃんと行って、店の良さと味の良さにひどく興奮し是非ともここで結婚パーティーをやりたいと思った阿佐ヶ谷のお店を18時に予約してあったので、夫を連れて行く。荻窪で下車し散歩がてら南阿佐ケ谷経由で阿佐ヶ谷へ。歩き出したら雨が結構降ってきてだいぶ濡れたが、澄子師匠の家の近くを通るのでピンポンして(ダッシュはせず)少し挨拶だけした。夕飯はやはり素晴らしく、料理名をまったく忘れてしまったが、前菜はふたりともうるいなど山菜の載った鰹のたたきとレモンバター風味の牡蠣のパスタ添え、メインは私はマグレ鴨で夫は牛煮込み、デザートは私は苺のムースで夫は苺のミルフィユ的なもの。飲み物は夫はビールで私はミュスカデ、そのあとはメルロー90%くらいのフルボディをカラフェでもらった。最後はコーヒー。夫に良さを語り尽くし会計後に貸切の日程をおさえて帰宅。

23日日曜日。
まずは中村裕さんを送る会。受付をした。会場の奥には、遺影のまわりに裕さんの写真や著書、関連雑誌が並んでいて、そのまわりを花が取り囲むかたちで、春らしくてよかった。向かって右のモニターには、今までの裕さんの写真がスライドで流れていて、吟行会のときのおちゃらけた写真やかっこつけた写真や、髭もじゃの頃も最近のも、みんな裕さんだった。遠山陽子さんの挨拶がよかった。敏雄だったらこう言った、悟空の会で裕さんはいつもそう言っていたのが懐かしかった。小田原の海に飛び込んだ思い出なんかも聞いたりした。私は裕さんや陽子さんから三橋敏雄を摂取するのが嬉しいのだ。桑原三郎さんが乾杯、師匠池田澄子の挨拶あたりまで聞いて会場を出た。久しぶりの方とも何人か少しお話できた。裕さんの息子さんのコズミさんの演奏が聴けなかったのは残念だった。

スタバで休憩したあと、対談会場へ。一人では心許なく、卒倒しそうなほどプレッシャーがかかっていたので、思いついて惣一郎に同行を頼んだ。荷物も持ってもらい、話も少し補足してもらい、本当に助かった。対談相手はまだ内緒にしておこう。たぶんうまくいったと思います。あと2回の対談はGW後である。19時すぎに終わって夫に電話。「ビールが飲みた過ぎるので飲んで帰るわ。夕飯が何もないからすまんが買ってきて一人で食べて」。そしてビールを飲み、日本酒も少し飲み、鯵のたたきやキス天も食べて帰った。
夫はちゃんと一人で夕飯を食べていた。それどころか布団も干し、クリーニングも出していた。素晴らしいので「こいふわヨーグルトキウイ」を買って帰った。喜んで食べていた。やはりOHAYOのヨーグルトは信頼できると思った。

24日月曜日。
11時まで寝た。ここのところ俳句の夢ばかり見る。かつての女性俳人をマッピングする夢だった。昼ごろ自転車で家を出て、イオンのなかのスタバで諸連絡の返信をしたりメール句会の選句をしたり明日のカルチャーの準備をしたりかれこれ5時間くらいいるのでそろそろ帰ろう。もちろんわくわく広場に寄って野菜を買って帰る。

2017年4月21日金曜日

2017.4.21 桃咲くや放物線はみな相似  関悦史

19日水曜日。
洗濯をどばっと干し、銀行ふたつへ行き、タリーズで4時間仕事をした。帰宅してからシャンプーの詰め替え、カビキラー、ブーケの活けかえ、洗濯物をたたんで次はドライ洗い、スーツケースの片付け、台所の床拭きなどもした。関さんと電話をしていたら夫はめずらしく22時前に帰宅。その後も延々と資料の印刷などをした。4日分くらい働いたといえる。

20日木曜日。
毛布を一枚洗濯。メイク道具の筆類4本を洗って干す。すこし仕事をして家で昼を食べ、電車でも仕事をしながら新宿へ。アンソロの件で若くんに手伝いを頼んでおり、3時間かけて図を完成させる。ふたりで同じ画面を見ながらの作業だったので、MUJI CAFEの大テーブルが非常に便利だった。そのあと新宿三丁目の鳥田むら支店。誘ったら惣一郎も来た。葱間に酢味噌、ぼんじりに練辛子がイケた。日本酒が1種類のみなのが惜しいがそれもまたよい(純米辛口だったので)。二軒目は近くのビル3階の怪しいラム(酒)専門店に入る。店長もいい感じで、3人で別々のラムを頼んで飲み比べる。若くんはコカコーラの原液みたいな濃くて甘い薬草系の味のが気に入り、私はバニラココナッツが高貴なかんじに香ってくるようなやつに惹かれた。帰りは日暮里で夫と落ち合って帰宅。酔っ払って、子規博の前で写真を撮る夢を見て、電車の中で夫に子規博がどうのと言っていた。

21日金曜日。
調子がよくない。二日酔いというほども飲んでいないので、昨日一昨日仕事をしすぎたのかもしれない。こういうときは夫の朝ごはんを用意だけしてまた寝る(もっとひどいときはグラノーラだけ食べてもらって送り出す)。10時ごろまで寝て、大きな虫が出る夢や葬式で預かった弔辞をなくす夢などにうなされた。一昨日から下腹が微妙に痛いので検査がてら婦人科へ行く。前から筋腫は3つあるが、それが原因ではないらしい。場所的には宿便か盲腸だと言われる。どっちにしろ嫌である。整腸剤と痛み止めをもらってフォーを食べて帰宅しまた眠った。うちの母から大量の結婚式の写真が、夫の母から「むじゃき」(鹿児島の有名なかき氷屋)の「しろくま」(かき氷)の6個詰め合わせが、関さんから祝句のサイン入り『俳句という他界』が届いた。第二句集にあまりめでたい句はないが数学俳句でいいのがあったからということで書いてもらった。

  桃咲くや放物線はみな相似  関悦史 『花咲く機械状独身者たちの活造り』(港の人)

いろんな角度の放物線があるように見えるが、あれらはすべて相似だそうだ。私の場合結婚式に友人などは呼ばなかったためブーケトスはしなかったけれど、祝句としてもらうとそんな気分になるいい句である。桃の咲くあたりの高さに目をやって、その遠くを見れば明るい。

夫が帰ってくる前にむじゃきのしろくまを食べている。うまい。

  しろくまはむじゃきに春は春のなかに  文香

2017年4月18日火曜日

2017.4.18 なぞなぞで済んでよかった

15日土曜日の続き。
天気はよく、結婚式は無事に終わった。
とくに期待していなかった自分のウエディングドレス姿もそんなに悪くなかったし(エステは功を奏した)、夫は若干緊張して壇上で眼鏡を曇らせていたもののどうにかなった。私はまったく緊張せず、ずっとにやにやしていた。終わったあと神父さんが「新婦の方(の親族)は(聖歌を歌うときに)よく声が出ていましたね、歌がうまい人が多い」と言った。それもそのはず、うちの妹夫婦はアカペラサークルで出会ってまだアカペラをやっているし、うちの両親もカラオケ好き、おばあちゃんでさえコーラスをやっている。
教会を出たところでフラワーシャワーを浴びるというとき、親族が8人しかいないので、そのへんのスタッフさんが何人も来てくれて花びらを振りかけてくれたので嬉しかった。

話が合わなかったらどうしようと懸念していた食事会も和やかにすすみ、AIは俳句をつくるかなどの話になって、「最新の俳句といえば〈ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ〉(田島健一)っていうのがあるんですよ、これなんかは、なかなか、今までの俳句のやり方をインプットするだけではできない句です」という話もした。
食事会の最後にうちの祖母が急に「なぞなぞを出します」と言い出した。「上野には浴衣の西郷さんがいます。さあ、西郷さんは何向きでしょう」……「正解は夏向きです」。祖母はわりとおしゃべりなわりにそれまで静かにしていた。その間これを考えていたのかと思うと何度思い出しても笑えた。
食事会のあとは妹夫婦を誘ってバーへ。待ってましたとばかりにうちの両親も来て6人で二次会。うちの母とわが夫は柴田元幸の話などをしていた。
部屋に帰ってやはり疲れていたのか、新郎新婦ともにパンツ一丁で寝ており、ふたりで3時ごろ起きて洗顔や歯磨きなどをした。外は雷雨だった。

16日日曜日。
相変わらずひどい天気で竜巻注意報まで出て、飛行機が飛ぶか心配だったが、11時ごろには晴れた。鹿児島中央駅で少し時間をつぶし(ここでも夫は紀伊國屋でなにか本を購入していた)、空港へ。示し合わせたわけでもないのに、妹夫婦とは帰りの飛行機が一緒で、席も前後だった。羽田からは直接小石川後楽園・涵徳亭へ。週刊俳句の10周年記念オフ会。夫も連れて行ったら、皆さんに祝ってもらって恐縮した。結婚後佐藤文香は私のペンネームになったわけだが、本名は基本的に非公開なので夫に名字を名乗らせないようにした。夫はトオイダイスケさんと話してもらっていたので、安心して適当に何人かと話した。鹿児島の焼酎の古酒を買って持って行ったが、食べ物が少なかったので薩摩揚げにすればよかったかもしれない。二次会は出ず、新御徒町から流山おおたかの森経由で柏に帰宅。

17日月曜日。
PCの電源コードを宅急便に入れてしまったことがわかり、仕事をするのを諦めて散歩。流山おおたかの森S・C(ショッピングモール)に行くがとくに興味あるものはなく、ららぽーと柏の葉まで行くがいまいちで、サンマルクカフェに入ってチョコクロを食べ、わくわく広場(ここにもあった)で野菜を買って終わった。
柏に着いて夕飯をつくる気がなくなったので、高島屋の地下で惣菜とワインを購入して帰宅。雨に降られた。ローストビーフと赤ワインでひとりの夕飯。祖母と夫の実家、うちの実家にお礼の電話。祖母が、「本当は謡曲をうたおうと思っとったけど、謡用の扇を忘れたでやめといた」と言うので驚いた。来年の妹の結婚式ではなぞなぞでは済まず謡をやるのではないかと不安だ。夫はちゃんと朝から仕事に行き、23時ごろに帰宅。

18日火曜日。
リハビリの担当者が若い男性に変わってあまりよくなくなった。プロの仕事というのは普通全体の把握から入ると思うのだが、細部をどうかなどうかなと押されるだけなので「違います」「もっと強く」など言うのみ。怖い人だと思われただろう。前の担当の小林さんもいたが、代わってほしいと言えないのは残念だった。帰りに、前から行こうと思っていた雰囲気のいいカフェに行ったが期待したほどではなかった。
ヤオコーで芹や筍などを買って帰り、夕飯をだいたいつくって、山下澄人『しんせかい』を読みながら宅急便を待つ。『しんせかい』はよかった。初めから最後まで、固有名詞としての「天」が効いている。読んだところで宅急便が到着し、開封。ホテルで捨てるのは忍びなかったブーケは、少し茶色くはなっていたがまだ見られるので脚立に飾った。
PCと電源コードを持ってタリーズへ。滞っていた諸連絡を終えただけで満足してしまい仕事をやる気は出ず。何もかも明日からにしよう。

2017年4月15日土曜日

2017.4.15 鹿児島にいる

12日水曜日。
上野でアンソロ打ち合わせ。進み具合が悪いのに、対談の文字起こしも自分でやりますと言ってしまう。帰りに夫のスーツをもらって帰宅。夫はわりと早く帰宅し、食事会の式次第をつくってくれた。夫は書類作りが得意すぎる。

13日木曜日。
東急ハンズで御車代袋と黒板型の簡易ウエルカムボードを買い、ブライダルエステ専門店に行く。背中や二の腕、顔の毛を剃ってもらい、パックやマッサージなどをしてもらった。店員さんがかわいくて満足。そのまま行きたいと思っていた立ち飲み屋へ。ラム(酒)が多い店。コロナのあとキャプテンモルガンをストレートで飲み、なんか足りなかったのでいつものカフェでスパークリングワインも飲んで帰る。帰宅後、冷蔵庫のものを使い切るべく料理。浅蜊と長葱、豌豆の酒バター蒸しがうまくいった。夫の帰宅は0時半。

14日金曜日。
鹿児島に行く日。結婚式費用を振り込み、ジュンク堂に寄る。夫がふと法律を勉強したくなったと言うので、その関連書を買いに行った。私は全く興味ないでごわす。電車と飛行機では、夫はその本を読み、私は平田俊子さんの『低反発枕草子』を読んだ。食べると豆腐がなくなってしまう、というのがよかった。飛行機から見える鹿児島の山並みはごつごつと萌えていて元気だった。
ホテルの部屋は桜島ビュー。古いホテルだがけっこういい部屋にした。ヘアなどの打ち合わせをしたあと、天文館には出ずに、ホテル内の和食屋でさつま懐石を食べた。きびなご他の刺身、薩摩揚、薩摩汁、豚骨煮込みなど。ビールはゆずエール、日本酒は薩州正宗、ワインはなんだったか忘れたが、焼酎は魔王を飲んだ。ホテル内のバーへ移動し、タンカンでドライショートカクテルをつくってもらって飲んだ。足りずにマッカランも飲んだ。部屋に帰ってすぐ寝た。

15日土曜日。
結婚式当日。鹿児島はやはり今日桜満開らしい。1953年の観測開始以来、最も遅い満開だという。天気も、先週中は雨の予報だったが晴れ。朝食バイキングのあとホテル内の温泉。貸切状態でラッキーだった。露天風呂から桜が見えたので、私も桜に裸を見せておいた。
式は17時からでまだまだ時間があるので、タクシーでまず山形屋に行き、白いハンカチと黒い靴下などを買う。天文館を歩いて写真を撮ったりし、イタリアン系のカフェに入ったらわりとおいしい。スパークリングワインを飲んだ。
部屋に帰って部屋着に着替えだらだらとする。両親、妹夫婦、祖母、義叔父が鹿児島着。妹はコンタクトが切れて鹿児島で購入することにしたらしく、妹の夫がおばあちゃんと一緒にホテルまで来てくれたようだ。妹曰く、鹿児島のメガネスーパーの店員より南九州コンタクト店員の方が訛りが強いらしい。夫は昼寝。私はブログを買いている。

さて、そろそろブライズルームに行くか。

2017年4月12日水曜日

2017.4.11 青と赤

月曜は2時間かけて杏林大学病院へ。前回の診察同様「マリッジブルー」と言われる。それもあるだろうが、どちらかといえば無能感が主だと思う。薬が増えた。前つかっていて、調子がよくなったからといってやめていたもの。
帰りにひとつ手前のバス停で降りて井の頭公園のなかを歩いた。桜はもちろんのこと著莪の花が盛りで、山吹も全開だし、石楠花も咲き始めていた。乙女椿もまだ咲いている。ちょっと黄泉っぽかった。ランチは、高円寺に本店があるベトナム料理「チョップスティックス」の吉祥寺店でコムガーと生春巻きと蓮茶。
そこで思いついたことには、今週は自分を甘やかすため、ほしいものは全部買っていいことにしよう、ということ。さっそく柏のTHREEで基礎化粧品のセットを購入した。夜その案を夫に言うと、じゃあ僕は30万くらいのカメラ買おうかな、と言い出したのでそれは止める。あくまでも私用の制度ということにしてほしい。夫は大学時代写真部の部長だったらしく一眼レフやミラーレスなどいくつか持っている。
夕方また調子を崩すが、夕飯の生姜焼きが思い通りの味になって満足。パーティーの連絡系の庶務を引き受けてメールに勤しんだ。夫は23時半すぎに帰宅。

昨日は気圧の低下がひどいことを前の日のうちに把握していたため、酔い止めを飲んでから活動を開始。2/13からつけていてすでに傷つきまくっていた結婚指輪を、購入した池袋西武でクリーニングしてもらい、何でも買っていい制度を適用してA4が入るきれいめのくすんだ青の鞄を買った。それを夫に報告すると、僕は赤い鞄を買おうかなと言うので、登山リュックくらいならいいよと言っておいた。家庭内イメージカラーは私が青で夫が赤と決まっており、歯ブラシはもちろん、いただいたバスタオルもいただいた江戸切子もすべて私が青、夫が赤をつかっている。結婚式後の食事会は、私が水色のワンピース、夫はピンクのネクタイの予定。
8Fのレストラン街で昼を食べて護国寺の句会へ。これはお寺の婦人会の句会なのだが、高齢化が進んで欠席投句が増え、今日も参加者は2人。それでも、90代の人たちが句作に取り組んでくれているのは嬉しく、どれだけ伝わるかわからないけれど全力で講評する。お題は「山笑ふ」だったので、自然を擬人化した季語だから自然物とも人間の行いともつきすぎになる可能性があること、主述の入っている季語なので体言をあてがうのがやりやすいことなどを伝えた。豊子さんに、いつものように菠薐草や蕪をもらった。
最近電車に長く乗るのも辛い。ホームで何かしら甘い飲み物を買って、それをお守りのようにして電車に乗るのだが、帰るときにいいものが買えず、柏に帰ってモスバーガーでビールを飲みながら泣く。
昨日家の近くの薬局に行ったらこの薬は取り寄せになると言われていたので、それを取りに行って、泣きながら帰る。帰宅しても非常に調子が悪く、頓服薬を飲んで夕飯をつくり、本格芋焼酎「一どん」を飲みながらホワイトチョコがけいもけんぴを食べ(芋同士だからか、非常に合うことが判明)、頓服薬もう一錠ともらってきた薬を飲んで寝た。夜やろうと思っていた仕事はできず。せっかく夫は22時前に帰ってきたのに、おかえりとだけ言って寝ていた。朝聞いたら夫はちゃんと風呂に入って三国志13をしていたようだ。主人公司馬懿に飽きて今は卑弥呼でやっているという。卑弥呼はゲスト出演らしい。

2017年4月10日月曜日

2017.4.10 土日が週に2回あれば仕事が捗るのに

土日は夫と過ごした。
土曜日はまず夫に俳句月評の相談に乗ってもらう。最後の一文が決まらず、ふたりで悩み、夫も案を出してくれたりした。
午後は夫は眼科に行き、そのあと落ち合って、サカゼンで夫のスーツを買った。サカゼンに入るとすぐに結構年配のおじさんが夫の腹回りを測ってくれる。そしてこのサイズから選ぶようにと促す。丈を詰めるのもささっと手配してくれて、非常に満足な接客。ただしそのおじさんはレジ打ちは若い子にやらせていた。きっとあれは百貨店なんかでずっとスーツを売っていた人が再就職したのだろう、サカゼンもなかなかいい、と思った。でももしかすると働き者の店長とかかもしれない。
ユニクロでふたりの普段着を買い、本屋で6冊購入。

私は
平田俊子『低反発枕草子』(幻戯書房)
絲山秋子『離陸』(文春文庫)
マデリン・パケット ジャスティン・ハマック『The WINE』(日本文芸社)

夫は
太田肇『なぜ日本企業は勝てなくなったのか』(新潮選書)
天野祐吉編・南伸坊絵・正岡子規著『笑う子規』(ちくま文庫)
現代俳句協会編『昭和俳句作品年表(戦後篇)』(東京堂出版)

なお、すべて支払いは夫のクレジットカードから。
夕飯は駅前の回転寿司。こちらは私のおごり。
私はエンガワ、生ダコ、鮟肝巻きなど、夫は玉子、ネギトロ、サーモンガーリック炙りなどを食べた。
魚の好みは、夫よりも、後からふたつ隣の席についたおじさんの方が私と似ていた。

日曜日もまずは私の仕事のことを考えた。アンソロジーの小論がまったく進まないのでどうするかを考えていて、座標に分布させる案を夫に言うと、すぐさま座標をパワーポイントでつくってくれ、知っている俳人の名前を適当に分布させて見せてくれた。
イオンモールへ。夫は処方箋薬局で目薬をもらい、私はわくわく広場でクレソンと小蕪と長葱を買う。そして私の枕を購入。枕について、詳しくは「鏡」24号(次号)のエッセイをご覧ください。

土曜の朝昼、日曜の朝昼晩の食事は私がつくった。それが当然であるということに改めて驚くとともに、なぜできるようになったか検証した。
一人暮らしのときは昼セブンイレブン、夜は飲みに行く、みたいな人間だった。もちろん、ふたりいるから相手のためにつくる、というのはあるのだが、今までは彼氏がいても毎日つくるということにはならず、よくふたりで飲みに行っていた。それがなぜ、朝起きたらスクランブルエッグをつくり、昼になったらうどんをつくり、夜は蕪のスープと牛肉とネギのすき焼き風をつくれるようになったのか。
考えた結果、「私が食事をつくると信じている人がいるから」だろうと思った。味に期待はせず、しかし私がなにかしらつくると疑わない。なるほど、「今晩は彼女の手料理!なにかおいしいものをつくってくれるかもしれない」というのと逆だ。うちはもう、夫は仕事、私は家事をすることに決まっている。ただし私も少し仕事をするし、夫はゴミ出しとクリーニングに服を持っていく係、土日の買い物では荷物を持ってくれる。それは、夫が男で私が女だからではなく、単純にお金を稼ぐ適性がある人が仕事に行くという分担だ。もし私がバリバリ働ければ、私は別に家事が得意というわけではないので、自分より家事の得意な人と結婚したかもしれない。

夫は土日の隙間時間すべて三国志13をやっていたが、夜はやる気が出たようで仕事をしていた。私は時折呻いたりしながら「鏡」24号の作品をまとめてエッセイを書いた。

2017年4月7日金曜日

2016.4.7 天然スタジオ

昨日は小部屋句会だった。句会のお題は「上五の途中に切れがある句」で、皆果敢にチャレンジ。5句中1句題でつくればいいのに、全部それでつくっている人が2人もいた。精神的に調子が悪い反動で飲み会で言わなくていいことをしゃべりすぎてしゃべりながら反省し始めていたがしゃべってしまったことは忘れてもらう以外ない。凱くんが連れて行ってくれた中華料理屋は安いし美味くて最高だったのに。私は頭痛を懸念してお酒は紹興酒1杯でやめておいたが過食傾向で結構食べてしまった。夫は4日連続タクシーは免れて、西日暮里を23時ごろ通過する千代田線に乗ったので、3号車で待ち合わせて一緒に帰った。
24時前に帰宅、夫は夕飯がまだだと言うので、つくっておいたトマト煮と菜の花ベーコン炒め、豆腐を出した。夫が携帯がないと言い、私が電話をかけてみたらタクシーの運転手さんが出た。柏駅から乗ったタクシーに携帯を落としたらしい。ありがたいことに運転手さんがそのあとすぐに届けてくれた。尻の神経痛が始まった。

今日は植本一子さんの天然スタジオで写真を撮ってもらう日だったが、やはり調子は悪く、行きの電車で泣いていた。昨日も柏駅に行くときに泣いていた。毎日叫びたくなるけれど叫ぶのを我慢しながら暮らしていて、しかし涙腺がゆるいのか泣くのはなかなか我慢がきかず、駅や電車、歩きながらよく泣いている。心配されたいわけではなく、心配になるから書くなと言われるのも違って、ただこれが現状というだけ。撮影に着ていく服がないのも惨めだったし、化粧もどうすればいいかわからず、神経痛は続いていた。つらいつらいと思い続けるのをやめるにはどうするのがいいのか。
天然スタジオは小さな部屋で、そのわりに窓が大きく、雨上がりの曇り空ではあったが自然光で明るかった。ここでも私は調子が悪い反動でメイクの青木さんに俳句のことをしゃべりまくり、しゃべりながら後悔。髪の毛が湿気でたいへんなことになっていたので、スタジオにいた時間のほとんどはヘアセットだった。撮影時間自体は短く、でもたくさん撮ってもらった。「そう! そうそうそう!」と言われるのが面白かった。帰りにてぬぐいをもらった。『かなわない』を持っていたけれど、サインしてもらいそびれた。あまり話せなかったが、植本さんは繊細な人だというのが空気で伝わった。

下北沢は笹塚在住時代よく散歩していたから懐かしかった。行こうと思っていたフレンチのお店のランチが終わっていたので、知らない店に入ったら私しか客がいなくてカウンターで気まずかったが味は悪くない。クリームパスタにしたのでカロリーが気になり、下北沢から笹塚まで歩こうと思った。が、笹塚に行ってしまうと千代田線で帰れなくなることを思い出し、井の頭通りに出たところで右折、代々木上原を通過し代々木公園の横を通って原宿まで歩いた。
近所に住んでいる友達が体があいたというので、代々木公園の中を通って代々木八幡駅に戻った。夕方の白ワインと赤ワイン、そしてレモンのムースは美味しかった。店員さんが赤ちゃんをしょって接客していて、寝ている赤ちゃんの足を触ったりした。隣の若いカップルのお客さんも赤ちゃんを可愛がっていて、そのふたりとも心が通じた気がした。俳句の話をして、また自信がなくなった。もっとがんばらなければと思った。
柏まで帰ってきて、まだ今日が足りない気がして、GAPでワンピースを2着買った。定価なら2着で16000円のところ、セールで4000円台だった。最近高めの服を買おうとがんばっていたけれど、それだと結局日常的に着る服は増えない。毎日着て楽しい服をちゃんと買わないといけない。GAPだとMサイズがちょうどいい。
帰宅して、今日撮ってもらった写真を見た。まず、顔がでかいと思った。あと、つらそうだと思った。顔が腫れている。それは被写体のせいで、それでも、本気で笑っている何枚かはいい感じで、それは写真家の腕がいいのだ。本当なら私は作品のなかに自分がたまたまいるようなもの撮ってほしいのに、今回お願いしたのはアー写だったので、次回はもっと違う写真を撮ってもらおう。やはり天然スタジオは家族写真だから、夫と撮ってもらえるならそれがいい。
昨日つくったトマト煮にルーを入れてハッシュドビーフのビーフ抜きをつくり、ピーマンの肉詰めをつくった。夫は今日は21時ごろに職場を出られると言っていたが、結局23時になった。ひとりでどぶろくを飲んで、これを書いて待っている。

2017年4月6日木曜日

2017.4.6 かけがえがないので交遊録だって書かざるを得ない

昨日は午前中カフェで仕事をしたのち、昼はパンを買って近所の公園に行った。家族連れで溢れる桜の下、ひとりでベンチであんクロワッサンとチキンのピタを食べた。鳩が来たのでパンを少しやったら4羽も来た。鳩に餌をやりまくるおばさんの意味がわかった気がした。気分がよかったのでPCを開き公園で少し仕事をした。帰宅して野菜を茹でて、また頭痛になったので少し寝た。

もともとは夫が飲み会だと言っていたから、じゃあ花見にでも行ってくるとれなりんを誘い、そしたら日帰り出張が入ったと言うので、ならば出張帰りの時間にあわせて一緒に帰れるかなと期待したのも束の間、出張から帰った夫はそのまま職場に行ってまた仕事だというので、あーあと思いながら浅草へ向かった。れなりんと鞆彦さんと酒屋の角打で飲んだあと、仕事がはやく終わったという惣一郎と雷門で待ち合わせ、隅田川沿いを歩いてりゅーたんと合流した。敷物などは持ってきていなかったので、5人でビールを飲みながら歩いた。桜は満開で、そこまで寒くもなく、夜桜を見る日としては最高だった。私は夫の父親がくれた甘栗の大袋(小袋が6つ入っている)を持参して、皆に小袋を配布した。歩きながら鞆彦さんがここはハッテン場で危険な目にあった、などと話してくれた。皆で写真を撮っては夫に送った。
二軒目に行く流れになったあたりで頭痛がひどくなりだしたので、さきに帰宅した。浅草からだと東武線で北千住乗り換えなので、柏はわりと近い。頭痛でそのまま布団に入ったらいつの間にか寝ていて、夫はやはりタクシーで帰宅した。

交遊録的なことを書いたりせずにいたい、というのを誰かが書いていてそうだとも思ったし、仕事でアンソロジーのことなどやっていると、つくづく誰とも友達でなければどんなにラクかと思うのだが、今の私にとっては友達といることを書かずにおくことは少ない喜びを減らしてしまうことになるので書くことにした。大好きな誰かといられることが直接幸せに結びつく。その記憶を反芻でもしなければ生き難い。

去年まで桜は別に好きではなく、今だって梅の方が好きで、ソメイヨシノのぞっとする感じはいまだにいただけないのだが、今年はとにかく淋しいので、桜の下にいれば誰かと心がつながる気がして、毎日桜を見るたびに慰められている。
父によると、昨日西日本で一番遅く、鹿児島で桜が開花したらしい。満開は15日だという。われわれの結婚式は、その日に鹿児島でやる予定だ。天気がよいといい。

2017年4月5日水曜日

2017.4.5 郵便局前で食べきれず残しておいたデコポンをイオンで電話しながら食べた

月曜の昼は夫の職場に行き、弁当を買って中庭で一緒に食べた。忙しいらしく一緒にいられたのは30分くらいだったが晴れていたしよかった。週に1度くらい弁当を持って行って一緒にランチをしてもいいかなと思った。そのあと俳句文学館に行き少しだけ調べ物をして、新宿の紀伊国屋書店に行ったら『俳句という他界』はまだ売っておらず、MUJI CAFEで少し仕事をしていたら夫からやはり残業の知らせが入ったので、新宿にいるから誰かと飲みに行きたいと思ってツイッターでそうつぶやいてみたが、友達はおらず、そうか柏にいたって新宿にいたって友達はいないのかと悲しくなり、それならばと12月まで住んでいた家の近所の大好きな日本酒の店に行くことにした。こういうとき若い人にはおごってあげたいので暇なら誰か来てください。
かつての最寄駅とは丸ノ内線支線の中野新橋駅で、新宿駅から電車で10分かからないのだが、夕方のラッシュの時間帯だったので駅に着いたときには疲れていた。その上ひどい雷雨で、引き返そうかと思ったが、腹は減っていたので雨の中を店へ向かった。駅から店は徒歩3分くらいである。蛍烏賊に菜の花、水蛸の刺身や蕗の薹味噌を食べ、獅子の里や加賀鳶などを飲んだ。遊穂のうすにごりが微発泡かつ後味に少し苦味があり気に入った。鰺フライを頼んだら遠方特典と言って牡蠣フライをひとつ付けてくれた。幸せだったが帰路は頭痛になり帰ってはやく寝た。夫は終電がなくタクシーで帰宅、内側からしか開かない鍵をかけてしまっており、バンッといってドアが開かない音で起きてドアを開けた。

昨日は整形外科に行った。腰の痛みに腰椎椎間板症という名前がついてリハビリ、というか少し揉んだりしてもらって生活指導を受けるというのを繰り返している。担当の小林さんはあまり話しかけてこない愛想のないタイプの女性だ。隣の男性は施術をしながら「銀杏は臭いから街路樹は全部マテバシイにすればいいんですよ」などと言っていてそれにも好感を持っていたが、何もしゃべりかけてこないのもいいものだった。しかし今回で担当替えになるという。いろいろお世話になりました、無口なかんじがよかったです、腰のことで来ているのに肩こりがひどいと言ったら肩も揉んでくれてありがとう、などと言いたかったが施述してもらったのは3回ほどなので「残念です」とだけ言った。小林さんも少し残念そうな顔をした。
通っている整形外科は隣駅にあって、一度家から歩いて行ったら1時間くらいだったので、昨日は晴れていたし自転車で行った。少しはやく着きそうだったので、途中の川沿いの公園で10分ほど花見をした。川は手賀沼に流れ込むやつである。お母さんたちが子供を遊ばせているのを見るのはわりと楽しい。しかしマスクでひとりで平日花見の人たちの合間を歩いている30代くらいの女性というのはかなり不審者っぽいだろうと思った。だとしても、こういうところでお昼を食べようと思ってコンビニでおにぎりと、なぜかデコポンが売っていたのでデコポンを購入した。リハビリが終わったあと、美容院に行く予定で、Google mapで道筋を調べたら、柏公園というのが道沿いにあったのでそこでお昼にするつもりだった。しかし、公園は高台にあって、道は低いところを走っており、うまく公園にたどり着けなかったので、公園的なところで座ってご飯を食べる機会を逸した。そこで美容室の近くをゆっくり自転車を漕ぎながらおにぎりを食べた。デコポンについては漕ぎながら食べるのは無理だったので、近くの郵便局の自転車置き場に自転車をとめて、自転車に乗ったまま皮を剥いて食べた。完全に不審者である。郵便局前でデコポンを食べる30代女性。デコポンは食べきれなかったので、鞄にしまって美容室に行った。
美容室を出てそのまま自転車でイオンに行き、イオンでユリちゃんから電話がかかってきた。どうやら自転車に乗っているときに手が滑って私から電話をかけていたらしい。1時間半ほど電話していろいろ話して希望を得た。イオンの誰でも座れるスペースに腰掛けて、残っていたデコポンを食べながら電話をした。同じテーブルの椅子におばあさんが座って蒸しパンを食べていた。隣のテーブルではジャンパーのおじいさんが本を読んでいた。無職の人しかいないなと思った。イオンのわくわく広場では近場の新鮮な野菜をたくさん売っているので、気を取り直してそこで菜の花やサラダ系の葉っぱの詰め合わせなどを購入して帰った。夫の食べない烏賊も買った。
帰宅して烏賊をバターで焼き、葉っぱにオリーブオイルをかけて食べた。また頭痛が始まったので「夜になると頭痛」とググったら「緊張型頭痛」というやつらしい。毎日なるので困る。結局一日仕事はなにもしなかった。生駒くんと電話をし、ラジオ体操をして風呂に入りだらだらして寝た。夫はまた2時半ごろにタクシーで帰ってきた。おかえりと言って夢遊病者のようにふらふらと歩いてまた寝た。

今日は月評の締め切りなので珍しく10時台に家を出て駅の近くのタリーズで原稿を仕上げて送った。夫は今日は日帰り出張らしいが、出張前に職場に行き、出張から夜帰ってきてもまた職場に行かなければならないかもしれないらしい。飛行機で寝なね、と何度も言った。それくらいしかアドバイスできることがない。

2017年4月2日日曜日

2017.4.2 花見と妹

昨日から4月だ。夫は職場でひとつ横の机に移動したらしく、荷物の整理に行くというので、職場に潜入した。職場の人は2,3人来ていたがとくに突っ込まれるでもなく、夫が1時間半ほど片付けをしている横で、私は本を読んでスマホで少し原稿を書いていた。終わって近くの店で飲んだ。そのあと夜の散歩ということで日比谷公園に行って桜を少し見た。幅広の階段になっているところでこけて、この冬買ったズボンをダメにした。帰宅したら膝から血が出ていた。寒かったからかひどい頭痛に襲われて早めに寝た。

今日はうちから3分の公園で夫と花見をした。去年の春にリップグロスを買ったときにもらった一人用のレジャーシートと、水筒に入れた焼酎のお湯割り、もらいもののおかきを持って行った。柏の桜は3分咲きといったところだ。公園の向こう側にいつも行くスーパーがあるので、まずスーパー併設のクリーニング屋に服を持って行ってからスーパーでよなよなエールと唐揚げ、ねぎとろ巻きとおにぎり、ポテトサラダとジュースを購入して公園に戻り、ふたりで同じ方を向いてレジャーシートに座って、レジャーシートはふたつのお尻しか入らないので、買った食べ物をビニル袋の上に置いて、ふたりで食べて飲んで昼の小一時間を過ごした。ひとつ商工会連合のような団体がお琴を持ってきていたが我々の滞在時間中には鳴らなかった。家族連れがほとんどで、子供達を遊ばせて親たちは酒盛りをしていた。サッカーボールを蹴っている子たちのなかに入りたかったが大人なのでやめておいた。うちにも子供ができたらこういうかんじでママ友なんかと家族合同花見をするのかなと思ったけど、いろんなお母さんやいろんなお父さんがいるのを見ていたら、少しめんどくさそうにも思えた。とりあえずはユリちゃんとユリちゃんの息子と花見に行くくらいが楽しそうだ。

帰宅して結婚式用の席札のなかに、それぞれへの短いコメントを書きながら号泣した。いや、できるだけ感動的でないようにつとめて書いていたのだったが、さきほど見た子供たちと同じ年代のときの妹が目に浮かんだからであった。私は4歳下の妹を連れて遊びに行ったりしたものだったが、ただでさえイケてない自分が連れていく妹は明らかに足手まといで、あまり歓迎されなかった。私は自分が輪に溶け込むことで精一杯だったので妹をかばったりできなかった。そのときの私の姿は自分自身写真に残っているもので思い出すほかないが、妹の姿はなんとなく目に残っているのだった。
外ではなかなか妹をかわいがってやれなかったが、家ではふたりで楽しかった。セサミストリートのプラスチックのフォークとスプーンをもらったとき、私がさきに「あやかはオレンジ!」と言った。妹は「なっちんは黄色!」と言って、取り合いにならなかった。親がケーキを買ってきたときなども、相手のものがほしいと思わない姉妹だったので喧嘩をしたことはなかった。とくにお姉さんらしくふるまうようにも言われなかったし、妹の方がよくできたので九九は私が小2のときに4歳下の妹も覚え、ポケモンは妹が小2のときに4歳上の私も一緒に覚えた。私が高校1年の終わりだったか、複素数を習い始めたときに、小6の妹に説明したら座標を指差して「ならこれが1-iね」などと理解したので妹はえらいと思った。そして妹は姉のふり見てわがふりなんとやらでちゃんと国立大学に行き自分で奨学金をもらって大学院も行き、ちゃんと会社勤めしている。妹からはあるときまで「オネエマン」と呼ばれていたが、あるとき恥ずかしくなったようで「おねえ」になり、「ねえさん」と呼ばれ、今は「あやかどん」だったり「姉」だったり決まった呼称はない。
そんな妹は3月に婚姻届を出した。私は2月に出したから姉妹でばたばたと結婚したことになる。うちの父は香川の田舎の佐藤家の長男だったが、私も妹もあっけなく佐藤でなくなってしまったことについて、母親は「佐藤は日本中にいくらでもいるから大丈夫」と言ったので、たしかに、と思った。30過ぎても親に家賃を払ってもらってふらふらしていた姉が電撃的に結婚し、7年付き合った相手とのようやくの区切りで妹が結婚し、ふたりがふたりとも結婚する親の気持ちになるといくらでも泣けた。両親はよくがんばったと思った。感謝しだすときりがないので席札の両親へのコメントにはあえて「ありがとう」とは書かなかった。夫が親に書いているのをちら見したら大変そつなくコメントしていてちゃんとした人だなと思った。夫は一人っ子である。
私は号泣したまま洗い物をした。夫は相変わらずPCのゲーム「三国志13」をやったり仕事をしたりした。「三国志」は好きな主人公が選べるので、夫はまず曹操でやってクリアし、孫策でやってクリアし、今は司馬懿でやっている。晩ご飯は夫の好きなハンバーグをつくった。なぜか中から緑茶色い汁が出たが味は悪くなかった。

2017年3月31日金曜日

2017.3.31 プロの仕事にしか興味はないし・ナビ派展

昨日はトオイダイスケさんのライブに行ったのだが、ふたりで1時間ずつというやつで、前半の人が酷すぎて危うく野次を飛ばすところだった。ジャズピアノを教えているというが作曲が専門だと言う。どうやらアメリカの大学に行ったことが人生の頂点だったようだ。手が動かないから長い話をすると言う。長い話がまったく面白くないし同じことを何度も言う。ジャズは飲みながらやってもいいからビールは6杯目だと言う。演奏がうまけりゃそりゃ何杯飲んだってかまわないが少なくともジャズには聴こえない、発表会レベルだったので、みんな辟易していた。ジャズはこういうのもアリ、敷居が低いとわかってもらえれば嬉しいです、と言っていたが、素人だと思ってなめないでください。素人ですが鍵盤のタッチひとつでプロかどうかくらいわかるよ。
トオイダイスケは最高。1曲目でもうさきほどのアレを忘れさせてくれた。トオイさんの演奏はけっこうパワーがあって官能的。私はご飯と芸術に関しては、いいものにしか金を払いたくない。

今日は三菱一号館美術館で「オルセーのナビ派展」を見た。期待通りかなりいい展示で、というか私はこの美術館が好きなので、本来ならば夫とのデートで行くつもりだったのだが、夫が忙しいからいつになるかわからないと思って、まぁ美術館は平日が吉だし、よかった。
特に気に入ったのはセリュジエ「タリスマン、愛の森を流れるアヴェン川」、マイヨール「女性の横顔」で、ボナールの作品がどれもよかった(たしかあのヌードもボナールだったと思う、あれもよかった)。途中肖像画の章で「ナビ派の画家たちは、作品の内部に内面性というフィクションを提示することで、親密さの詩情というものを作り上げたのである」ということが書かれており、この説明を書いた人いいなと思った。

本当なら今日は俳句文学館で調べ物をするはずだったけれど昨日昼寝で寝違えた首が痛くて調べ物ができる気分でなく美術館に行ったわけだが、ふつうの職業ならそういうことは許されないわけで、それを思って東京駅で泣いていた。春になれば、風邪が治れば、バリバリ仕事ができるような気がしていたがそんなことはない。自分はバリバリ仕事ができたりすることはもう一生ない、それを忘れずにいなければ、ふつうにできないことに毎日泣いたりして好きな人に迷惑をかけ続けることになる。仕事はいかに調子がよくても一日せいぜい4時間が限度であり、できない日はほとんどできないけれど、そんな人間でも生存することは許されているというのを毎日自分に言い聞かせ続けなければならない。

昨日の午後くらいから夫に何かプレゼントをしたいという気持ちが強まり、昨日は柏の高島屋や今日は東京駅付近でいろいろ見てみるのだが、これというものは見つからなかった。東京駅構内の日本百貨店にも真工藝のぬいぐるみが置いてあることを発見して少し嬉しくなった。

帰宅して買い物に行き、ボルドーの白ワインを飲みながら苺とせとか(柑橘)を食べている。近所の公園の桜が咲き始めていて、この大したことのない公園で夫とよなよなエールでも飲みながら小一時間花見ができたらどんなに幸せだろうかと思った。明日明後日ぐわっと咲けばそれも叶うかもしれない。

2017年3月30日木曜日

2017.3.30 植本一子『かなわない』と書かないでどうするんだの話

4月になったら植本一子さんの天然スタジオで写真を撮ってもらうことにしたので、順序が逆のようだが、植本一子『かなわない』を購入し、二段組になっていないところ(つまりは日記でないところ)を読んだ。二段組は私は目の都合で読めない(視野に上下段ともに入ってしまって目がすべるというか)が、一段組のところだけでも読んだ価値があった。少し二段組の日記も読んだ。



たまに出るラジオの番組HPをリニューアルするから新しい近影がほしいと言われたので、ユリちゃんが前撮ってもらった人にお願いしようと思って、ユリちゃんに電話してみたのだった。そのカメラマンは南阿沙美さんというのだが、3月にやる予定だった撮影イベントはなくなってしまったらしく、「それなら植本一子さんの天然スタジオは?」とユリちゃんが言ったので調べてみてお願いすることにした。

なぜか植本一子さんというのはおばさんでいい暮らしをしていると思い込んでいて、『かなわない』は素朴な生活スタイルを説く本だと思い込んで敬遠していて(すべては本の表紙の印象だと思う)、ユリちゃんに言われるまで植本さんが同年代のカメラマンだと知らなかった。『かなわない』にはユリちゃんが働いていた阿佐ヶ谷の小さな飲み屋で別の日を担当していたゴロゥちゃんが出てくるよ、と聞いて、懐かしくなって買った。

ユリちゃんに子供ができてその飲み屋をやめるというとき、代わりとして私もその飲み屋で働いたことがあったのだが、ようやく一人で店員として立ったその日に来た泥酔客が店で二度も吐いて、嘔吐恐怖症の私はすっかり参ってしまいその日でやめてしまった。そのとき店にちょうど客で来ていたのがゴロゥちゃんで、すべての始末をゴロゥちゃんがやってくれた。だからゴロゥちゃんは恩人で、そんなこともずっと忘れていたけれど思い出して、だからというわけでもないが『かなわない』を読もうと思った。ゴロゥちゃんは日記部分に出てくるのであまりまだその部分は読めていないが、一箇所ゴロゥちゃんの家にバスで行くというところは見つけた。

『かなわない』を読むと、好きな人のことを書かないでどうするんだ、という気持ちになった。私はもう結婚したから書かないことにしようといていた。でもそんなのはずるだと思った。いくらでも書くべきだと思った。いろいろな好きな人のことを、それぞれ書くべきだと思った。

私が書きたくないと思ったのは家庭的でありたくないことと同義だった。幸せな家庭の主婦という存在にまったく興味がないからだ。私がいい奥さんであったりするのは私自身一番気味が悪い。そしてたとえばこういうことを私に書かないほうがいいと思わせたのは夫への配慮だった。へたなことを書いて夫のまわりの人に知れて夫に迷惑をかけたくなかった。いい奥さんをもらったことにしておきたかった。急な結婚にあわせてインタビュー記事も削除してもらった。夫のほうはとくに気にしていないようだったが、うちの親が気にした。

夫は結婚した途端仕事が忙しい時期に入った。朝は7時台に出発し帰りは0時を過ぎる。終電がなくなってタクシーで帰ってくることもある。可能性は理解していたがいざそうなると呆然とした。うちの父親は母より遅く家を出て母より早く帰宅するような職種だったから、結婚すれば夫と毎晩飯を食うのがふつうのことだと思っていた。
一人暮らしのときは新宿の近くに住んでいたからいくらでも飲みに行ったけれど、今の家は最寄駅の柏まで歩いて15分かかるから、夕方一度家に帰ってしまうとそのあと誰かを誘ってどこかで飲んだりはできない。夕方18時ごろから夕飯を食べてしまうと6時間くらい暇になってしまう。友達とメッセージをしたりしてどうにかやり過ごす毎日。
昨日ももちろん夜暇だったのでLINE袋回しなるものに参加した。黒岩とシシオガイとりさこちゃんと私で、各2題で3分ずつ。28句できた。

  ラーメン「大陸」缶のコーンをバターで焼き

これから私は夜のその時間に仕事をすることにする。私はどんなに忙しくても一日に仕事に集中できる時間は3~4時間が限度だから、それを夜にもってくることにするのだ。日中は仕事をせずに家事をしたりブログを書いたり散歩したりして過ごせばいい(と、今これを書いているけれど今日は夜ライブに行くので今日に関しては本当は今仕事をすべきである)。

はやく引っ越したいけれどこう夫が忙しいと引っ越しもできないしとにかく結婚式を終わらせないことには何も始まらない。結婚式は鹿児島でやるので前日年休をとってもらい昼の飛行機で鹿児島にむかうことにしてあるけれど本当に年休がとれるのだろうか。早割で飛行機をとってあるから時間変更がきかない、変更するなら高いお金がかかってしまう、とこの期に及んで小さいことを考えてしまう自分が情けない、でも前日くらいはゆっくりしたいと思うくらいのことは許してほしい。

というようなことを、今書かないでどうするんだ。

2017年3月29日水曜日

2017.3.29 アンソロの話3と近況

この冬は風邪ひかなかったなぁなどと言っていたらひどい風邪をひきました。リンパが腫れて37℃〜38℃を行き来してました。が、ようやく治ろうとしております。なんか人相まで変わった気がします。気のせいか。連鎖的に花粉症もいらっしゃいました。

結婚式が迫っていて、卓上のお名前カードを買ったりプリンタのインクを買ったりしています。親族10人だけの挙式・食事会なので披露宴はしないのですが、披露宴やるならまじで大変だな。風邪とかひいてる場合じゃない。

さて、随分間があきましたが、アンソロの話。公募の選は2月後半から3月のはじめに終えました。発表は5月中旬になるかなと思います。5人の方。当人への通知は4月末頃にいくかもしれません。

今はひたすら句の並べ替え。そして文章を書き始めました。
あ、山田航さんが熱い文章を書いてた部分が、「佐藤とスペシャルゲストの対談」になる方と、「佐藤の小論という名の短いエッセイ」になる方がいらっしゃいます。その、文章です。

一句独立! 作品は作者と切り離して考えよう! というのは、今回はやめて、作者のことを書くことにする所存です。本当は作品の技術的なところに触れたいんですが、紙幅の都合で、俳句を知らない方が読んでも面白いように技術の話がしにくいのである。技術の話は内輪というかオタクの話に見えそうになるのである(私の文章の技術がないだけかもしれないが残念ながらしょうがない)。そういうのは対談で語ることにしようと思います。

そういえば、NHKカルチャーの第1期が終わりました。反省も多々あるんですが毎度面白い部分があるようにはできたと思います。575以外のリズムの作り方、季語の属性、何が俳句になるか、句集を読む、など。第2期は似たようなことをもうちょっと筋道立ててシステマティックにやりたいです。受講者募集中です。

2017年3月1日水曜日

2017.3.1 3月になったこと、岡村知昭『然るべく』(人間社)より8句

3月になった。最近は調子の悪い日が続いて辛い。どうにか気分を上げて仕事をして、仕事が終わるとまた調子が悪い。耐えるしかない。

季節的な問題と環境の変化、仕事の局面など、今たまたま調子が悪い時期なのだ、この10年の調子の悪かった局面を考えればだいぶマシになっているじゃないか、と俯瞰して考えれば多少楽になるものの、なかなかふだんの値がマイナスから浮上しないので吠えたりしながら耐えている。

尾形亀之助は読まねばと前から思っていてようやく買えてよかった。俳句書いている若い人にはぜひ読んでほしい。

話は変わって、岡村知昭『然るべく』(人間社)より8句。

うつむくやチューリップ農協に咲く
軽症の父を擁する田植かな
初鰹この人握手会帰り
しろき蛾よ幕府よみがえらぬすぐには
眉剃ってひよこめぐりのみんなかな
銃後ではあたまがよくてバター買う
梅擬ひなたはなにもしておらぬ
晩鐘よ即戦力のはなびらよ

「農協」「軽症」「握手会」「即戦力」などの言葉がナチュラルに入ってきていて面白い。さらに、農協のチューリップや握手会帰りの人というのは、ただのチューリップやふつうの人なのにただのチューリップやふつうの人でないのがいい。「眉剃って」「銃後」「梅擬」「晩鐘」の句は頭の悪そうさが元気で気持ちよい(←褒めている)と思った。

2017年2月24日金曜日

2017.2.24 中村裕さんを送る会(仮)について(続報をお待ちください)

中村裕さんはすでに膀胱癌で一度手術していたのだが、一旦は元気になっていて、ただ最近は調子が悪そうだった、本当だったら2月のはじめにやる予定だった悟空の会(遠山陽子・中村裕・佐藤文香の3人句会)が裕さんが再入院中ということで延期になり、翌週13日、陽子さんから随分具合が悪いそうだからお見舞いに行きましょうとお電話をいただいて、15日に陽子さんと私、それに田中惣一郎でお見舞いに行った、その日の夜あたりに容体がまた悪くなったとのこと、我々の祈りもかなわず、お見舞いに行った4日後の19日のお昼に亡くなったとのことである。

お通夜・葬儀は簡単な形でご親族だけでなさったそうです。
少し落ち着いたら、弔いの会がおこなわれる予定です。
また決まりましたらおしらせいたします。
何かご連絡などございましたら佐藤まで。

というのをいつ書くべきか書かないべきかと思っていたのですがツイッターに訃報が流れているのを見つけたので書いておきます。

中村さんを直接知らない人でも、『俳句を遊べ!』の三橋敏雄俳句かるたバトルで審査員をしてくれた人だと書けばわかってもらえるだろうか。だとしたら、私は少し嬉しい。『俳句を遊べ!』の簡単な俳句の歴史も、裕さんに素案を書いてもらった。ありがとう裕さん。もちろん、それだけでなく。

思い出話は尽きないからそれはまたにして、

裕さんが書いてくれた、「悟空句会とは」→こちら

2017年2月22日水曜日

2017.2.22 スロベニア人のSpelaと草間彌生展に行ったあと俳句の話もした

何年か前、私は友人の誘いで清澄白河のゆるいフットサルチームに入っていた。そこに誰かの同僚らしくスロベニア人のイケメンがやってきた。その彼の友達が日本に観光に来るというので、フットサルメンバーの一人が気を利かせて、我々何人かとの飲み会セッティングすることにし、おでん屋に連れていくことになった。
スロベニア側はフットサルの彼(英語ペラペラだがわりと無口)、その彼女(英語ペラペラでコミュニケーション能力高い)と、ふたりの男友達2人(英語ダメ)。
日本側はフットサルのキャプテン(研究者なので多少英語できる)と副キャプテン(英語ダメ)、宴会部長(海外出張が多く英語で下ネタなどを言える)、帰国子女(一番英語ができると思われたがあまり喋らなかった)、あと、なぜか私(英語ダメ)。私は日本語ならよく喋るというのと、たぶん女子のなかで英語ができそうだと思われたのだろう。
そのときの私はお手上げで、副キャプテンとふたりで日本語を喋っていた。ほんとは喋りたかったけれど場を乱してはならないという気がした。ただ、彼女がスープが美味しいというので、出汁のとり方は主に3種類ある、と紙に雑な魚とか海藻とかの絵を描いて渡した。彼女は喜んでInstagramとfacebookのアカウントを教えてくれた。

そしたら、有名なタトゥーアーティストだった。
Instagramのフォロワー28万3千人だって。
この人

で、ただただ感心し、ずっとInstagramを見ているだけだったんだけど、ある日、今度陶器について学びに日本に行くけどどっかいいところはないか、とメッセージが来た。私は楽焼が好き、国立近代美術館の工芸館はどうか、友達がうりきり屋という器のお店で働いている、など、Google翻訳の力で伝えた。よかったらぜひどこかで会おうと言ってもらって、今日草間彌生展に行ってきた。

私ひとりでは心許なさすぎたので、五十嵐箏曲を誘って行った。彼女の名前はSpelaのSの上に^みたいなのがついていて、「シュペッラ」と発音するようだ。草間彌生については私よりよく知っているようだった。私は草間彌生といったらカボチャくらいしか知らなかった。大きな部屋一面に正方形の作品がずらっと並べられているのはくらくらした。「めまいがする」を調べて「dizzy」を見せたら、SpelaもGoogle翻訳をつかって「それが彼女の伝えたかったこと」と応じてくれた。1950年頃の、宝石の原石の中身のような作品や水玉の禊のようなビデオも面白かった。箏曲がどこに行ったかわからなくなったので、He is freedomと言っておいた。箏曲は出口で待っていた。

見終わってから東京ミッドタウンの虎屋cafeに入った。私はSpelaにおごることにして、そしたらなにか選んでほしいと言われたので、いちごあんみつと煎茶、大吟醸入り羊羹と抹茶を頼んで、どちらがいいか聞いたら、よりtraditionalな羊羹がいいと言ったのでそうした。酒の味がしたと言っていた。羊羹は小さい枡(虎のマーク入り)に入っていて、枡は持ち帰れるとのことだったのでそう伝えた。私のあんみつの無駄に甘いいちご味の寒天と求肥を味見させてあげて、ふつうのやつのほうがうまいと言っておいた。
Spelaにスロベニア語を喋ってみてもらったり、あなたのアートはすごい、とか私は印象派が好きで、とか、先日ナムジュン=パイク展に行ったとか言った。先日買ってもらった電子辞書フル活用である。箏曲はロシアアバンギャルドが好き、とか、このスロベニアの哲学者は日本でも有名、と言ったりしていた。Spelaはすでに見てあった書道展の作品の写真を順に見せて、読めるか、どういう意味か聞いてきた。読めるのも読めないのもあった。「凛」は説明が難しすぎた。Spelaが自分のトレードマークであるskullを漢字で書いてくれ、と言ったので、箏曲が骸骨と書いた。私は筆ペンを出して筆ペンでも骸骨と書いた。そして厳密には「頭」骸骨、と書いた。骸骨の絵も描いておいた。Spelaに普段絵につかうペンを見せてもらった。世界堂で買ったという。
箏曲にあげようと思って、所属している同人誌「鏡」の最新号を持っていたのだが、箏曲にはまた今度あげることにして、Spelaにあげた。いくつか解説してと言われたので、箏曲が「とけて固まる昔の輪ゴムお正月」を指差し、「melting old rubber, happy new year!」と言った。私は、ゴム and ニューイヤー is コラージュ、ハイク is ナンセンスと言った。箏曲もハイク is not insistenceと言った。「春近しパジャマたくさんみな横縞」については、自分で「もうすぐ」と「横縞」を調べて「almost spring, many pajamas all Horizontal stripes」と言った。いろいろ間違っていそうだが伝わったようなのでいいや。

サインをしてと言われたので「また美術館行かうまた蝶と蝶」を書いておいた。箏曲が、「Let's go to the museum again, and again, butterfly and butterfly」と訳した。これは俳句で私の代表作だと言っておいた。

最後に箏曲がSpelaに、今日の何が面白かったか聞いたら、電飾が施されていた鏡の部屋が面白かったと言った。すると箏曲は、彼女があなたにあげた雑誌の名前はmirrorです、と言ってくれ、そうだそうだ、Today is mirror dayと私は言ってまとめたつもりになったが、あとで考えたら別にそうでもなかった。チケットを取るとき押し間違えて1ヶ月滞在することになった(嬉しい誤算と彼女は言う)Spelaと、また美術館にでも行くかもしれない。Spelaは陶器づくりに行ったり、成田の方にあるタトゥーOKの温泉に行ったりすると言っていた。

Spelaは自分でつくった陶器のキーホルダーをくれた。 調べて、Easy to graspと言ったら、悲しいときに握って、と言われたので、握って見せてpower!と言った。帰宅して握ったらpowerが湧いた。

2017年2月16日木曜日

2017.2.16 俳句の「とりあわせ」との出会いと『俳句を遊べ!』の打越マトリクス①


もう何千回も話しているが、私が俳句と出会ったのは中学1年生のときだ。うちの中学に1年だけ非常勤講師で夏井いつきさんが来ていることに目をつけた地元テレビ局が、「中学生が俳句を通していかに変わるか」といったドキュメンタリーが録りたいというので、普段夏井さんに教わっていないクラスが選ばれた。私たちの1年A組だった。
当時の私は客観的に見ても目立ちたがりの変人で(天パーで眼鏡で小太りだった)、「テレビが来る」「俳句面白そう」と個人的に盛り上がっていた。
松山なのでほかのクラスメイトは「俳句慣れ」していたけれど(これは「俳句嫌い」に近い)、私は去年引っ越してきたばかりだからまだ俳句が珍しかった。そのへんの話は大人になるまでに読みたい 15歳のための短歌・俳句・川柳②生と夢に書いたので興味があれば読んでみてください。

そこではじめて教わったのが「とりあわせ」というやり方だった。私は教室のうしろのポストへの投句数でクラス1位になるほどどんどんつくり、結果とりあわせにはまったけれども、その授業当時はあまり「とりあわせ」の良さも意味もわかっていなかった、と今になってみるとわかる。
去年中学1年のときの俳句手帖が出てきた。そのときのまずまずの句といえば

  胃を病んで今日六羽目の目白かな
  また今朝も猫のあいさつ春近し
  絵の中の音符に雪が積もりけり

などであって、これらはせっかく教わった「とりあわせ」のやり方(二句一章)など使わずに、自分の持っている言語能力と感性だけでどうにかしたビギナーズラックだ(まぁ二句目は一応中七で切れてはいるが)。

でも、その俳句の授業に初期に提出した句で

  秋風や25cmのスニーカー

というのがあった。これは「とりあわせができている」と褒められた。そのあともベタベタな句を書くと、「この前のスニーカーみたいな句をまたつくってよ」とコメントをもらったのを覚えている。

なぜこの句をよく覚えているかといえば、これはうちの母が書いたものだからだ。うちの母は当時同じ中学で非常勤講師をしており、国語科研究室で夏井さんと机を並べていた。母は、「とりあわせ」をちゃんと頭で理解して、腕試しくらいの気持ちで、この句をつくったはずだ。これ出してみなよ、と言われ、私も自分の足のデカさは持ちネタだったので面白いと思って出した。そしたら褒められた。単純に嬉しかったのでまた俳句つくろーと思った(このへんのプライドのなさが私である)。

それ以降も、クラスでたまたま何も考えずにつくった子が、その子はよく意味がわからないまま夏井さんの素晴らしい鑑賞によって褒められ、私の句はそこまででもない状態だった。初心者にとって、「とりあわせ」というのは、鑑賞者がいてはじめてわかるやり方だと言ってもよい。急にいい組み合わせを、しかも考えて思いつく人というのは、もともとよっぽどセンスがあったり、別の芸術ジャンルでその方法を知っている人だ。『俳句を遊べ!』の生徒2人というのは、特待生だと思ってもらえればいいと思う。

「とりあわせ」をはやく理解するコツは、「とりあわせ」の句の良質な鑑賞にたくさん触れることだと思う。授業で友達の書く句に対して、見事なコメントをほどこす夏井さんがいなければ、その方法が果たしてあっているのかすらわからなかったはずだ。(だから、5音の季語とそれと関係のない12音のフレーズを考えよう、と夏井さんの方法だけ真似しても、なかなか俳句の授業はうまくいかない。鑑賞のプロ・夏井さんありきのやり方だからだ。)
また、私は書いた句を母親に見せた。母親はふつうに教養のある大人な上、国語科研究室で夏井さんからいろいろと俳句の指導法を教わっていたから、今となっては覚えていないけれど、私の書いたもののなかで「とりあわせ」になっているものとなっていないものを見つけたり、ありきたりでないものを面白いと指摘しただろう。テレビ用の授業が終わったあと、私は「俳句の缶づめ」というファックス句会に精力的に投句するようになって、そこでようやく褒められる作品の研究をするようになり、「とりあわせ」についてもなんとなくよさがわかってきたのだと思う。

  桜咲くかに道楽のかに動く
  酸性の風待月や犬の声
  金魚鉢雲のでき方調べをり

これらはたぶん中学2年生になってからの句で、「とりあわせ」を飲み込むまでに半年ほどを要したことがうかがえる。私が「とりあわせ」の意味がわかって考えて書けるようになるまで俳句を書き続けられたのは幸運としか言いようがない。

(少し話がそれるが、面白い俳句が書けるようになっていくということは、俳句というジャンルで作品を今新しく書くにあたって、どのへんが的でどういう矢を放つ必要があるのか、を理解していくことだと思う。)

ようやく俳句の意味がわかってきたころ、中学2年か3年のとき、国語の研究授業で連句をやった。花の座だとか縛りがあるのも魅力的だったし(どこで何のお題が出るかは忘れたが)打越というのは面白いと思った。大学で俳諧の授業をとったときにも思ったが、「直接関係はないけどなんとなくいい雰囲気」の言葉を探す、というのは、俳句の「とりあわせ」と似ていると思った。(つづく)

※私は「とりあわせ」を「関係のないふたつのものを一句の中で組み合わせるやり方」として『俳句を遊べ!』中で紹介しています。二物衝撃的で二句一章的な「とりあわせ」です。

2017年2月14日火曜日

2017.2.14 昨日のこと

昨日は市役所に行き婚姻届を出して、警察署に行き免許証の名字と本籍を変更した。私の今までの本籍地は父の実家がある香川県だったのだが、今住んでいる千葉県に変更ということにした。今までの人生の三分の一ずつ住んだ兵庫県、愛媛県、東京都をスルーしたところが少し面白い。市役所で国民健康保険の手続きも行ったが、窓口の隣のおじいさんがどうも後期高齢医療に対して文句を言いに来る常連の人のようだった。9ヶ月間ではあるが松山市役所の臨時職員として高齢福祉課で医療保険の係をやっていたので懐かしいものを見る思いだった。ソファに座って待っていたら、家に届いた封筒をそのまま持ってきたおばあさんが隣に座った。職員が封筒を開けて内容を確認していた。それもよくやったことである。千葉なので職員もおじいさんもおばあさんも共通語なのが松山と違うところだ。私はあそこで伊予弁がだいぶうまくなった。

そのまま夫とふたりでパナソニック汐留ミュージアム「マティスとルオー」展に行った。三菱一号館の「オルセーのナビ派展」に行きたかったが美術館というものは大概月曜は休みなので、月曜やっている東京の美術館で調べたのである。ルオーもマティスも有名な作品は知っていたがそれくらいだった。ルオーの作品が多かったが、後半はもうルオーだなぁという感じで、むしろ1907年ごろの輪郭線の薄いさらっとしたのが見られたのがよかった。それよりマティスの切り絵になる前のが面白かった。べたべたと描かれて遠近がよくわからなくなっている「窓辺の女」などが気に入った。ふたりの師であるモローという人の、「モロー」という名前が気に入って繰り返し唱えた。
ルオーの絵をコレクションしたという日本人の画商・美術評論家が夫と同じ名字で、調べてみるとその妻も随筆家だというので親近感が湧いた。新しい名字の始まりとしてはいい偶然だと思った。とはいえ本名は基本的に非公開、佐藤で書いていくつもりなので、これを読んで私の新しい本名がわかった方もWikipedia等に追記しないでください。
記念写真を撮るコーナーがあり、赤ちゃんを連れたお母さんがいたので、「よかったらお母さんと一緒に撮りましょうか」と言ったら「マスクしてるんでいいです」と言われたが、夫が記念に図録を買っている間私がうろうろしていたからか「やっぱり撮ってもらってもいいですか」と言われ、もちろん写真を撮ってあげた。我々も一人ずつ撮影した。

夜は近所のお店に行った。クリスマスイブに行って美味しかったのでまた行こうと言って行ってみたが、料理の味は相変わらずいいのにグラスワインがハウスワインの一種類しかなくなっていて、それが非常に不味く残念だった。食べ終わるというときに、入院している年上の友人の体調が思わしくないという電話が入り、近日中にお見舞いに行くことになった。芸術的でエッチな写真集でも買って行ってあげないと、と思った。
プリンとチョコレートを買って帰宅して、いただいたいいワインを開けて1杯だけ飲み、風呂に入って寝る用意をしてから指輪を交換していないことに気づいた。結婚指輪をするのを結婚式まで待つか役所に届けた日にするかはネットで調べたらどちらもあるとあったので届出日にしようということになっていたのだ。布団の上に正座をし、指に押し込みあった。私の指輪は小さく作りすぎて、結婚式当日に抜けるかが甚だ怪しい。なお、婚約指輪は私の意志で省略した。

私からのどういう家庭にしたいかという問いに対して、夫は楽しいのがいい、食べ物が美味しいのがいい、健康がいいと言った。食べ物については私の担当なので努力あるのみだ。私としては、一般的な楽しい家庭像を目指すのでなく、我々らしいやり方でやった結果たまたま楽しい家庭のようになってしまったりするのを面白がるようなのがいいだろうと言った。

2017年2月11日土曜日

2017.2.11 オチ不要派

最近少しテレビを見るようになったのだけど、サザエさんでさえちょっと見てられないときがある。こうかと思ったが実はそうじゃなくてこうでした、とかいうのでさえ、そのスジが見え始めた途端つらい気分になる。短い話でも長い話でも、事件は起こらないのがよく、オチはないのが好ましい。ストーリーでドキドキしたくない。いや、そういうのは、ストーリーでドキドキしたい人のためのエンタメとしてはいいのだろう。私が悪いのだ。でも私みたいな人も少なくないのではないかと思う。ありがたくモヤさまとブラタモリを見る。最近見ていないが都バスで飛ばすぜいはまだやっているのだろうか。

高橋揆一郎『雨ごもり』を読んだ。短編集。どれも面白かったが、とくに最後の「羊皮筏」がよかった。日中作家交流の一環で何人かで中国へ行ったという話で、日記にも近いけれど、葛藤やぐっと思ったことが厚塗りで書かれているのがよいのである。オチはない。


2017年2月8日水曜日

2017.2.8 肩こり

年々ひどくなる肩こりに、いやいや肩こりの人なんてたくさんいるんだし、と思っていたんですが、毎日頭痛と吐き気に悩まされるので年始に実家の近くのマッサージ屋さんに行ったら、「重症です」「そりゃ吐き気もしますよ」「このままここに入院させたい」とまで言われ、それ以後もひどくなって、でも引っ越してからちゃんと近所でジムを探さないからいけないんだし、とかマッサージ屋さんも鍼灸院もどこがいいかわからないし、とか思っていたんですがついに何をしてもダメでどうしようもないので整形外科に行きました。

筋肉の硬さ?かなんかを測ったら右が32、左が26で、30を超える人はあまりいないらしい。首はストレートネックというやつで姿勢が悪い、というのはなんとなくわかっていたが。腰を押されてわかったことには腰も痛い。腰も痛いんだが肩こりがひどすぎて腰の痛みに気づかなかったらしい。そして関節が固まりまくっているという。筋肉をほぐす飲み薬もこのレベルだと効かないらしい。腕やら耳のうしろやら、押されるとこことごとく痛い。毎日湿布を貼っているので背中はかぶれるし、自分が悪いというか災難というかなんというか。とにかく今運動とかすると危険なのでストレッチからやらないといけません。
肩や首の筋肉に対して頭がでかすぎるのが原因のひとつではないかと思う。

肩こりや鴨が歩いて水を出る  佐藤文香

2017年2月2日木曜日

2017.2.2 わたしの俳句入門

こういうツイートがありました。



わたしは『俳句を遊べ!』という入門書でしゃべった(まとめてくれたのはライターの与儀明子さん)わけですが、実は通読した俳句入門書は1冊もありません。何冊かは持っているし人にすすめたりもするけど。

わたしは本から知識を得るという経験を、ほとんどせずに人生をすごしてきました。
学校の教科書はもちろん読んだし学校の勉強はしたけど、わたしは本を読んだのではなく、「授業を受ける」ことによって学んできました。自分で言うのもなんですが、わたしは他の人より授業を受けることが得意です。自分が知らないことをわかりやすく教えてくれる人が大好きだからです。

俳句は、句会で学びました。中学時代は夏井いつきさん、高校時代は俳句部の友達と「櫟」同人のみなさん、大学時代は櫂未知子さんとまわりのみなさんに、いろいろ教えてもらいました。言われたことは理解して、作品で実行したと思います。何か言われても曲げられない自分、なんていうものは、そんなになかったです。おかげで型やリズムが身につきました。

あとは、大学時代に大歳時記の例句入力のバイトで句を打ち込んだり、ある俳句雑誌の句集紹介欄を1年ほど編集部名義で担当したりして、受動的にいろいろな俳句を読むことになったのが、本を読まないわたしにとって大変ありがたかったです。

大学を出ていったん松山ですごし、そのあと東京に帰ってきてからは、友達との句会で話して、俳句のことを考えました。みんなわたしよりいろいろなことを知っていて、ここでわたしは、みんなと考えることで、知識はもちろん、考え方を身につけました。
そのころ人に教えるようになって、いつも教え方を考えていました。ルールとか言わなきゃいけないことを最低限にして、どうすればある人の発想が面白くなるかを考えることは、自分が俳句を書くうえでも役立ちました。

読んで学んだといえるのは、池田澄子と三橋敏雄の考え方くらいです。穂村弘もそうかも。

だから、『俳句を遊べ!』に書かれていることのほとんどは、わたしが句会で誰かに教えてもらったことか、句会でみんなで考えたことか、池田澄子か三橋敏雄か穂村弘が書いていたことか、あとは自分が考えたことです。

これからも、みなさん。いろいろ教えてください。で、いろいろ考えていこう。

2017年2月1日水曜日

2017.2.1 アンソロの話2

2月になりました。選句と並行してやり始めたのは作品の並べ替えです。俳句を束で読むとき、季節があっちゃこっちゃいってると気になる人も多いと思います。私はけっこう気になります。そこで、選んだ作品を季節順に配列するという作業をやります。既刊句集がある方は、句集までとそこからで分けて、季節順にします。
先日五十嵐箏曲くんに手伝ってもらっていると書いたのはココで、すべての俳句について「初春」「仲夏」「晩秋」「三冬」「新年」「無季」というように、18分類にしてもらっているのです。だいたい皆さん季節順に並べてくださっているのですが、年代順の季節順だったりもするので、並べ直すことにしました。人によっては得意な季節、苦手な季節がある人もいるし、そもそも季節にこだわらずつくっている人もいますから、場合によっては季節とは関係ない並べ方になる人も出てくるかもしれません。柔軟に対応したいと思います。大変です。

しかも俳句アンソロはページあたりの作品数が短歌とは違います。トピック作品とその他の作品とを分けて、ページあたり大きい字で7句、下に小さい字で14句、と考えています(ここはデザインの都合で変わるかもしれませんが)。なので、どの句を大きく取り上げるかも考えながら並べます。超大変です。
実は、その句がその人の(今までの)代表作かどうかは、あまり考えずに選んでいます。

選句については、最近提出された方を除けばだいたい終わったので、2月は並べ替えをしながら、いよいよ公募作を読んでいきたいと思います。たくさんあるので大変ですが、楽しみです。せっかくなので、最終候補に残った作品とかも、どこかで発表したりできるといいなと思っています。

昨日、前書きを書いてみました。タイトルも決まりそうです。タイトルは公募しましたが、結局私が考えました。

アンソロジーなどという穢らわしい時代は死んだ、それよりもさきに大正時代のすばらしい整形技術があった、役割の花のひとつかみ、殴打した六月の比喩の主語。
               瀬戸夏子『約束したばかりの第一歌集と星と菫のために』「駆使」より

2017年1月31日火曜日

2017.1.31 おれは保守なのか

角川『俳句』2月号の外山一機さんの時評で、高野ムツオさんと並べて少し取り上げてもらってるのだが、詳しくは『俳句』を読んでもらうとして、そこで私と高野さんはタイプは違うが保守だ、このやり方に未来はない、的なことが言われており、そこで思ったことには、保守とか革新とかは誰を基準に考えるかでだいぶ違うのではということだった。いや、それがどうというよりは、外山さんの言うことのなかで自分でもわかる部分はあって、たしかに私は俳句形式と格闘してはいない(ように思われる句を句集に入れている)。

まぁあの時評の書き方は外山さん流の愛だと受け止めている。最後の二行くらいが実は絶賛にあたるのではないかと見ている。これからも外山さんには未来に見えないかもしれないけどなんか自分なりに新しいような、面白いようなものを書いていきたい。

  汀女忌を忘れずにいるお前かな  外山一機(『俳句』2016.12)

でもその部分より攝津幸彦賞の生駒大祐さんへのコメントの方が面白いと思うので外山さんの時評は読んでみてください。

2017年1月29日日曜日

2017.1.29 たとえばその本をあなたが買いそびれていたとしても

皆が話題にしている句集や歌集が、住んでいる場所のせいで、あるいはタイミングが合わなくてうまく手に入らなかったり、本当は買えるはずだったのになんとなくスルーしてしまったりして、疎外感をおぼえて悲しい気持ちになったり、自分だけ遅れているような気がして後悔したりすることがあると思います。

そんなのは大丈夫、読みたいと思っていればどこかで会えるよ。   

2017年1月20日金曜日

2017.1.20 また書き始める&アンソロの話1

昨年末に「さとうあやかとボク。」というブログを閉じたので、本当は新年早々新しくブログを始めるはずだったんですが、だらだらしているあいだにもう20日になってしまった。実はこのブログはずっと前につくったやつで、化粧についてだけ書いてみてたんだがすぐにやめてしまったもの。とくにこだわりはないのでタイトルはそのままでこのブログを使います。たまに前のブログの内容をもう一度載せたりすることもあるかもです。なお、告知系については引き続きweb「television」にて。

今つくっている『現代俳句アンソロジー(仮)』(左右社)についての話を少しずつ書いていこう。

アンソロ(と呼びます)の進捗はといえば、公募の〆切を過ぎても依頼した方で未提出の方がいて(まだ出してくださらない方が3名いらっしゃる)、今回の方針としてはいろんなタイプを見せることなので、依頼作家の選句が終わらないと公募作が選べない(依頼した方とは違うタイプの作品を公募で選ぶので)。というわけで、公募の作品はまだ読んでません。すみません。依頼作家の選句を2月頭には終えて、2月中に公募の5作品を選びたいと思っています。
公募は200句提出でしたね。依頼作家の方々にも、だいたい200句をお送りいただくようにしてあって、それを参考に選句しています。
が、選句って体調悪いと全然できない! この前小澤實さんに「体調悪いときってどうしてるんですか?」と聞いてみたんですけど「体調わるいときはない」と言われてしまいました(そんなはずないんだろうけどさすがプロ)……あと私、ひとり孤独な作業ってむっちゃ苦手で。生活環境の変化などもあってひどい肩こりなどに悩まされ、ずっと進まなかったんですが、最近五十嵐箏曲くんにお手伝いを頼んでからはやる気が出てきました。今日までに、依頼した49名のうち、41名まで選句が終わっています。
選句はやはり非常に面白くて、本当は毎日誰かにこの話をしたいんだけど、それができないのが残念です。